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福山←→多度津フェリー

福山港フェリーターミナル

福山と四国の多度津を結ぶフェリーが8月末日で廃止になります。
原油高騰と利用客減少が主な原因との事でして、
非常に残念に思います。
このニュースを聞いてから廃止になる8月末日までに、
1度は乗船しなくては…という事で乗船してきました。

福山港で乗船待ち

多度津に渡り何をすると言いう目的も無く、
ただフェリーに乗る事が目的。
この乗船待ちの人の中に、
もしかしたら私と同じような人がいるかも…。
そんな事を思いながらフェリーの到着を待っていると、
フェリーが入港してきました。

フェリーの入港

現在は、1隻のフェリーがピストン航行してるだけで、
福山と多度津を1時間45分で結び、
乗船準備等の時間を含め2時間。
その往復になるから4時間に1本の便しか無いので、
乗り遅れると大変です。
全盛期は何隻ものフェリーが航行し、
便数も結構あったようですが
本州と四国を結ぶ橋が出来ちゃったものですから、
皆、早く渡れる橋を利用する事が多いですよね。



そうこうしてるうちに乗船です。
ワクワクドキドキ1時間45分の船旅が始まります。

福山港を出港

フェリーの甲板から出航の様子です。
目の前に福山JFEの工場が広がります。
そして、この港の海水はメチャクチャ汚い!
海全体が赤い水で濁ってます。
赤い水と言っても赤潮ではなく、
錆が混ざったような汚水の赤です。
気持ち悪かったです。

船内の座敷部屋

出航してしばらく外で潮風にあたり客室に入りました。
しかし、エアコンの故障で客室はお世辞にも快適とは言えない。
外の方が気持ち良いのですが、
折角の船ですから一応全て見ておかなくては…。
ここは、お座敷でごろ寝したりと寛ぐのでしょうね。
でも、この日はほとんどの乗客は外で航海を楽しんでました。

でね、この子は親の靴を履いて
お座敷に上がって歩いてました。
そして、親は微笑ましく、その子を見てました。
オイオイ!
自分の家でも子供が土足で歩いてたら、
微笑ましく見てるのか?
(汗)

船内の客室

こちらは通常の客室で、
正面のテレビでは北京オリンピックが流れてました。

売店跡

そして、楽しみにしていた売店…。
採算が合わなくなったのかなぁ、
もう長い事閉められたままだそうです。
映画「UDON」で、
このフェリーのうどんが美味しかったと
語られてたシーンがありました。

美味しかったと言っても
駅の立ち食いうどんレベルのうどんでしょうが、
古里を後にする時の忘れられない味になるのだそうです。
私も、そのうどんを食べてみたかったなぁ〜。

潮風の気持ちよいデッキ

こちらは甲板の様子です。
潮風が凄く気持ちいいです。

後方のデッキ

後方の様子です。
橋を渡って車で1時間も満たない距離を、
船のゆったりしたスピードで
のんびりした時間を楽しむのも良いものです。

航行

15ノットという速度で、海を滑るように進むフェリー。
15ノットは約30km/hのスピードです。
車で30km/hだと凄く遅く感じるのですけど、
船だと以外と速く感じるから不思議です。

瀬戸大橋を望む

いよいよ多度津が近くなると、
いつも四国に渡る時に利用する瀬戸大橋が
遠くに見えてきました。

見えてきた讃岐富士

そして、こちらは讃岐富士。
いよいよ多度津の港がすぐそこまでやって来ました。



そして、多度津に上陸です。




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鞆の浦散策

海彦

先日の記事で紹介した
“崖の上のポニョ”の舞台(クリック)」の鞆の浦ですが、
1日フルに観光客気分で歩いてきました。
天気はあいにくの雨だったのですが、
街には多くの観光客が旅行雑誌やパンフレットを片手に、
鞆の街を散策されていました。

私はと言うと…、ポニョに会いたくて、
お食事処「海彦」に行ってきました。
もちろん美味しいと評判のジャコ飯も食べたかったしね。
そして、お店に入ると
ジャコ飯は既に全部出てしまい品切れで、
食べる事が出来ませんでした。残念!
それで、店内を見回すと
金魚グッズが沢山販売されているのですが、
肝心のポニョのモデルとなった金魚は何処にもいない。

あれれ???
そして、店員さんに金魚の事を尋ねると、
お店の奥にいるという事で案内してもらいました。

お店の奥と行っても本当に奥で、
お客がこんな奥まで入って良いのか?
と思える程奥に案内され、
到着した場所は中庭(坪庭)スペースでした。
そこに、沢山の金魚が泳いでる水槽が置かれていました。
そして、その中のコブの大きな金魚が
ポニョのモデルとなった金魚だと教えて頂きました。


ポニョのモデルとなった金魚

その金魚がこちらの写真です。
店員さん曰く、この金魚は恥ずかしがりやで、
なかなか顔を見せてくれないのだとか…。
私が見たときも、後ろ姿しか見せてくれませんでした。
しかし、写真にちゃんと写れるように、
水面近くまで浮上して来てくれました。
ジャコ飯は食べる事は出来ませんでしたが、
ポニョにはちゃんと会えました。

鞆の街中でポニョのPR

その後、立ち寄った乾物のお土産屋さんにも、
ポニョのビラが貼られPRされてました。

鞆の浦けんちゃんの焼エビ

買った土産は、
鞆の浦と言えば、やっぱり海の幸でしょう。
これは、焼エビです。
酒の肴に、そのまま食べてもOKだし、
料理の出汁に使うも良し、
干しエビのようにパスタ等に入れて食べてもOK。

鞆の浦けんちゃんのいりこ

更に、「いりこ」!
共に無添加。
「いりこ」はスーパー等で売られているような苦みは一切無し。
だから、こちらもそのまま食べてもOKです。
また、味噌汁等の出汁に使っても、
取り除く必要は無く、味噌汁の具としても楽しめる一品です。
それと、鞆の土産屋さんには、
ご当地キティちゃんとか、訳の解らないお土産はありません。
本当にこの土地ならではのお土産しか無い
と言ってもよいでしょう。


常夜燈

歩くのは大変だけど、
雨の鞆の浦もなかなか風情があって良いですね。
ここは数ヶ月前に私が絵を描いた常夜燈の場所です。
作品はこちら。(クリック)
この場所には坂本龍馬の縁の品が展示された
いろは丸展示館があります。

鞆の街

こちらは、映画「男たちの大和」で登場した場所でもある太田家住宅です。
江戸時代から昭和初期の街並みが
広範囲にわたりそのまま残っています。

太田家住宅は、
平成3年(1991)5月31日に重要文化財指定を受けた
瀬戸内海を代表する建造物群です。
建物は、主屋や保命酒醸造蔵など9棟からなり、
敷地の四方は道路で囲まれています。
敷地の南東部に建つ主屋は、東側の道路を隔てて、
同じく重要文化財指定を受けた別邸
「太田家住宅朝宗亭」と向かい合っています。
建物の建築年代は、文書や日記、棟札などから、
主屋が18世紀中期、炊事場・南保命酒蔵が18世紀後期、
北保命酒蔵が天明8年(1788)、西蔵が寛政元年(1789)、
東保命酒蔵が寛政7年(1795)、
釜屋・新蔵・北土蔵が19世紀前記頃と考えられています。
これら一連の建物は、江戸時代中期から後期にかけて、
保命酒屋中村家によって、家屋敷を購入しながら
拡張・増築されてほぼ現在の規模になり、
明治期に太田家が受け継ぎ今日に至っています。
平成8年(1996)から平成13年(2001)まで、
約6年の歳月をかけて保存修理事業が行われ、
屋敷構えとしては最も充実した江戸時代末期から
明治時代初期の姿に復旧整備されています。

〜太田家住宅を守る会:パンフレットより〜



●関連記事
“崖の上のポニョ”の舞台(クリック)
鞆の浦-うをの里-(クリック)
HOG福山チャプターのフラッグ【2008年作品】(クリック)
日本人には経済価値という考えしかないのか?(クリック)
男たちの大和:ロケ現場(クリック)
鞆の浦:ささやき橋(クリック)




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映画「さびしんぼう」ロケ地巡り

竜王山

広島県尾道市日比崎町 日比崎中学校の上
竜王山
ここに来るまでに息が切れてしまいました。
かなりキツイ!!

竜王山下の門

広島県尾道市日比崎町 日比崎中学校の上
竜王山入口
都会の若者よ!足腰を鍛えて下さい。

西願寺(ヒロキの家)

広島県尾道市吉浦町 西願寺
ヒロキの家
雨の夜は傘も要らない西願寺。

西願寺下の坂道

広島県尾道市吉浦町 西願寺下の四つ角
ヒロキの家近くの道
念ずれば今でも恋の炎は燃えるかも…。

栗原川筋

広島県尾道市三軒家町 千光寺公園への登り口
ヒロキが走った道
小坊主さん駆けゆく彩を見た。

福本渡船

広島県尾道市土堂1丁目 海岸通り 福本渡船
百合子通学途中の渡船
壊れた自転車ならいいけれど、
壊れた自動車は乗せないで欲しい。

中央商店街

広島県尾道市土堂2丁目 中央商店街
中央商店街
あなたも福引会場で特賞の金玉を当てて下さい。




●関連記事
映画「転校生」ロケ地巡り(クリック)
映画「時をかける少女」ロケ地巡り(クリック)
男たちの大和:ロケ現場(クリック)



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映画「時をかける少女」ロケ地巡り

竹薮の道
広島県尾道市長江1丁目
竹薮の道
竹薮に風が吹けば、「桃栗三年柿八年」と聞こえるかな?
この道は、深町君の家に設定されていた
森谷邸の200m上の小径です。

艮神社
広島県尾道市長江1丁目 艮神社
ある神社
芳山家の両親は一瞬和子が神隠しに合ったのかと…。

タイル小路
広島県尾道市長江1丁目
タイル小路
旅はミステリー、路地もミステリー。
現在の尾道観光協会の発行する
ロケ地マップからは消えてしまったロケ地です。
映画「時をかける少女」の舞台となり、
ロケ地めぐりの観光スポットになっていた
尾道市長江1丁目の福善寺下にある「タイル小路」が、
居住者や地元住民の意向によってタイルが撤去され、
面影はすっかりなくなってます。
世界遺産の「白川郷」でも地域住民は
自分たちの日常生活が観光客に
興味本位に覗き見される不満の方が大きい。

権力遺構ではなく市民の日常生活の場が観光資源になっている
『尾道』にとって『タイル小路跡』の問題は、
海岸商マーケットと同様の新たな問題提起となったのです。
写真は映画公開当時の貴重なものです。



転校生、時をかける少女、さびしんぼうで
「尾道三部作」と言われてますが、
実は「尾道三部作」という言葉は後に言われるようになったわけで、
当初、大林監督は特に尾道を意識してたのではないのですよね。
この「時をかける少女」は「尾道三部作」と言われてますが、
尾道100%でロケが行なわれたわけでなく、
尾道市と竹原市の2つの街でロケが行なわれています。





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薬王寺で厄払い〜祈祷編〜

薬王寺入口の前

さて、いよいよ薬王寺(クリック)に着きましたよ。

薬王寺入口

そして、ここが薬王寺の入口です。
これから、厄を落としてもらう為の神聖な空気が、

正面のテキ屋で一瞬に冷めました。(||| ̄ ̄ ̄ー ̄ ̄ ̄;)アウッ

初っぱなから、こんな空気だと、
お寺も所詮金儲けなのか…っと、
何だか信仰心とかそう言うのが全く感じられなくなっちゃうよね。
四国第23番霊場とか言われてもねぇ〜。
弘法大師…、きっと怒ってるよ。<(゜ロ゜;)>

まぁ、これもゴールデンウイークだから…。(;´▽`A``

女厄坂に向かう道の灯籠

こちらは、入口から女厄坂33段に向かう道。
この道の途中に、寿老人が奉られてました。
寿老人『富貴長寿の神様』
無病息災、厄除、長寿を授けて下さる神様で
財宝に恵まれ地位名誉を得て健康で長生きさせて下さいます。


線香

女厄坂33段を登り切った所に、
線香が炊かれており、私も線香を供えました。
しかし、この線香が何の為の線香なのかは、全く謎です。
もしかしたら、
説明の看板みたいなものがあったのかも知れませんが
見落としたのかな?(6 ̄  ̄)ポリポリ

男厄坂42段

そして、ここが最初の目的である男厄坂42段です。

この石段は男厄年に因んで造られ、
石段の下には薬師本願経を一石一字にしるして
埋められています。( ̄人 ̄) 南無

一円玉を一段ずつ石段に置きながら登っていきます。

一石一字
『厄坂に刻まれた薬師本願経に己が厄をおとしていく』
…という事です。

諸堂

本堂でお参りし、その後、厄除けの祈祷をして頂きました。
ここのところ、正直ツイてないので、
厄を乗り越え運気が良い方向に変わるといいなぁ。


瑜祇塔

更に、男女厄坂61段を登り切ると、
麓から見えてた瑜祇塔に到着です。

この塔は、当山開創ならびに弘法大師の
四国88ヵ所開創1150年を記念して
当山第21世故今川哲雲師が中心となって
昭和38年9月に建立したものです。
この塔の本尊は金色の五智如来で
塔の地下室には大日如来を中心に、
阿しゅく、宝生、阿弥陀、不空成就の如来が安置されています。


瑜祇塔からの風景

瑜祇塔から見下ろした下界です。(=^‥^=)b

日和佐の町並みが一望出来絶景です。
中央付近に立ち寄った「道の駅:日和佐」が見えます。

瑜祇塔からの風景2

左側を見ると、ウミガメの産卵で有名な、
大浜海岸が真正面に見えます。w(*゜o゜*)w

JR牟岐線

厄除け祈願が無事終了し薬王寺を後にして、
駐車場まで歩いてると、
ちょうどJR牟岐線に汽車が来たので、1枚パチリ。
ついつい電車って言いたくなるんだけど、
この路線は電気が無くディーゼルなので汽車なんですよね〜。

道の駅:阿南市那賀川

薬王寺を後にし、いざ帰路へ…。
だけど、寄り道が多いのが私の旅です。
「道の駅:阿南市那賀川」に立ち寄りました。o(゜▽゜ヽ)(/゜▽゜)o

「道の駅:阿南市那賀川」は、
徳島市より一般国道55号を約20km南下した
一級河川那賀川の河口に開けた平野の中央に位置します。
那賀川町には室町時代より約270年間足利公方が居を構えており、
町内には、足利公方を紹介する歴史民俗資料館、
日本最大級の反射望遠鏡を備えた「阿南市科学センター」もあります。


ここで、少しブラブラした後、一気に帰りました。
往復500kmの旅でした。( ゜Д゜) ス、スゲー!



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薬王寺で厄払い〜出発編〜

出発

AM7:00。
男40歳(数えで41歳)
厄払いをする為に高校時代の同級生5人が集まり、
徳島県の薬王寺(クリック)に向かって出発致しました。

薬王寺は、四国88箇所第23番札所、
厄除けの寺として、多くの老若男女が訪れています。
寺のシンボルとして親しまれている瑜祇塔には、
国宝級の宝物が展示されています。
w(*゜o゜*)w

津田の松原サービスエリア

山陽自動車道から瀬戸大橋を渡り、坂出から高松自動車道で鳴門まで走行。
その道中、津田の松原サービスエリアに立寄り休憩。
ゴールデンウイークという事もあり結構混んでいました。o┤*´Д`*├o

津田の松原サービスエリアのビューポイント

こちらは、津田の松原サービスエリアからの
瀬戸内海の眺めです。( ̄▽ ̄)b

津田の松原サービスエリアのビューポイント

もう一つ、おまけにポン!いい眺めです。( ・_・ )ジー

道の駅:日和佐

更に走る事数時間!ようやく到着です。
…と言っても、ここは道の駅『日和佐』。
目的の薬王寺は、写真の中央にある瑜祇塔の場所です。

道の駅「日和佐」は、町の中心地に位置するJR牟岐線日和佐駅と
国道55号に接して立地し、その為、道路利用者だけでなく、
町民等も利用しやすい道の駅との事です。
敷地内に、情報コーナー・物産コーナー・
姉妹都市交流コーナーを備えた「物産館」、
お遍路さんの足をいやす「足湯館」、
地元の特産物を購入する事が出来る「産直館」を備え、
県南部の中核観光ゾーンとして整理されているようです。


道の駅:日和佐の足の湯

こちらが、道の駅「日和佐」の足湯館です。
端午の節句間近なので、菖蒲湯となってました。

この足湯は施設内で湧出している温泉水が利用されており、

一度に約20人が利用できるそうです。

効能は、入浴部分の血流を改善し、
冷え性・疲労回復の効果があります。
( ゜Д゜) ス、スゲー!

厄よけうどんの看板

道の駅「日和佐」に到着した時刻が昼の12時頃でしたので、
薬王寺に行く前にとりあえず腹ごしらえです。

気になる看板を発見しました。

厄除けに来たわけだから、こりゃ食さなければ…。
ハイ!このお店に入りました。

厄よけうどんのメニュー

メニューです。

やくよけ うどん…780円也。

もちろん、注文しましたとも。

厄よけうどん

それで、これが、その『やくよけ うどん』です。
具は、ワカメとエビ天、そしてお餅。
この具に、厄除けのいわれがあるのでしょうか?

謎です。ヾ(・・;)ォィォィ

食べた感想は、ん〜普通。。。
特に旨いわけでもなく、不味いわけでもなく。普通。
まぁ、観光地にはよく有りがちなパターンの品ですね。

さて、お腹も膨れた事ですし、
いよいよ薬王寺に参拝しますかぁ〜。




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湯郷グランドホテル

湯の郷グランドホテル*DMハガキ

季節の始めに送られてくる、
湯郷グランドホテル(クリック)のDMハガキです。

ここの宿は私の好きな宿です。

建物は『湯郷温泉』にある宿の中では、
少し時代を感じ古いのですが、

とても心配りの効いた素晴らしい宿でした。

私がお世話になったのは2年前になるのですが、
その時の手厚いお持て成しが忘れられません。

おそらく、この宿の方たちは
当たり前の事を当たり前にしてるだけ
なんだろうと思いますけど、
その当たり前の事が他では案外出来てないのです。

この湯の郷温泉郷には2度行きまして、
最初は比較的新しい建物の宿を利用し、
湯郷グランドホテルは
2度目の湯郷温泉郷に訪れた時に利用しました。
1度目に訪れた時に利用した宿では、
こんなに感動は出来なかったです。

それだけにインパクトの強い宿となりました。

宿の素晴らしさは、
下記の関連記事で紹介させてもらってますが、
今回、何故にまたこの記事を…って事なのですけど。

ホームページが素晴らしく変わってたのです。

実は、この宿を利用させてもらってから数日後、
1通のEメールを頂きました。
もちろん、ハガキでの感謝のお手紙はすぐに頂いてました。
ハガキでのお礼状の後、
Eメールでも感謝の内容と旅の疲れの気遣いの内容が書かれていました。

もちろん、私も、素敵な時間をありがとう。
…と、すぐに返事を返し、
そして、お節介とは思いましたが、
私の気付きを少し書かせてもらったのです。

それはホームページの事でした。

こちら(クリック)のコメントでも話した通り、
当時のホームページはショボく素人レベルのデザインだったのです。

そのホームページからの想像では、
とても素晴らしいサービスなんて期待出来そうにない感じでした。
私も実際に行くまで、それほど期待してませんでした。
では、何故私がその宿を利用しようと思ったのか…。
それは、単純に1枚のクーポン券を持っていたからで、
割引サービスが利用出来るという、
ただそれだけが選んだ切っ掛けでした。
(^_^;)
だから、サービスもあまり期待出来ないだろうし、
食事も知れてるだろうと、それ相応の事しか期待してませんでした。
それが、実際に利用したら、良い意味で期待を裏切られ、
逆にクーポン券を使って安く利用させてもらっている事が、
申し訳ないくらいに感じてしまうサービスでした。

そうなると、ますますホームページのショボさで、
損をしてるのでは…と感じた訳です。


事実、私はそのホームページから、
実際の素晴らしいサービスを想像出来なかったし、
クーポン券が無かったら、宿の候補にも上げてなかったでしょう。
いくら良いサービスを提供していても、
ホームページのイメージだけが原因で、
新規のお客は逃げるという事も考えられる訳です。


それはとても勿体ない事です。

…と、私の思いを伝えました。

そしたら、私の意見を聞いてもらえたのか、
もしくは、始めからそう思われてたのか、
他にもそう言った意見があったのか分かりませんが、
数ヶ月後に、立派なホームページに変わってました。

きっと、そういう心配りの出来る立派な方は、
いろんな意見にも敏感に耳を傾けてるのでしょうね。

宿を利用した後にも、
気持ち良さを常にもたらしてくれる対応に頭の下がる思いです。

そして、現在…、
このDMハガキとホームページの統一がされていて、
サービスを含めた上での
トータルクリエイトがなされています。素晴らしい。


また、時間が取れたら利用したいなぁ。



●関連記事
湯の郷温泉旅行(クリック)
宮本武蔵の里(クリック)





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世界遺産:原爆ドーム

原爆ドーム

いつも広島に遊びに行った時に何気なく風景の1つとして
目に飛び込んでくる原爆ドームですが、
マジマジと見学したのは、生まれて初めての事です。

広島県民なのにねぇ。

原爆ドーム近くにある平和記念公園や広島市民球場、
各種ショッピングエリア等には何度も行ってるのに、
何故か原爆ドームだけは見学した事はなかった。

別に避けてたわけでもないんだけどね。

また今度じっくり見ればよいかと、
ついつい、先延ばしにしてたんだよね。


っで、初めてじっくりと観たんだけど、
原爆ドームの中にある瓦礫って、当時のまんまなんだね。
周囲は綺麗に整備されて、
当時の面影って残ってないのだけど、原爆ドームの中は、

当時のまま時間が止まってる感じがした。

原爆ドーム

テレビや写真で見る原爆ドームは、
表の外観しか映し出されないけれど、
裏に回ってみると、当時の悲惨さがそのままです。

原爆ドーム:らせん階段

この写真は、裏から写したものです。
焼けて骨組みだけ残った螺旋階段です。

この原爆ドームは単なるオブジェなんかじゃない。

人の営み、その名残がいまだ色濃く残ってる感じです。

オブジェとなってしまった外観と、
その中の様子のギャップに妙な違和感を感じる。

この原爆ドームは、現在世界遺産に選ばれていますが、
周りの景観の悪さから危機遺産になろうとしてます。

私の撮影した、これらの原爆ドームの写真は、
景観がよく見える数少ない撮影ポイントから撮影したものです。
でも、ちょっとでも角度変えたり、場所を移動したりすると、
無造作に建てられたビル等が入り込んで、
「原爆ドームが残されてる意味」というのが
ぼやけてしまう感じです。


もっと、この原爆ドームが主張してるメッセージに
人々は、気が付くべきだと思う。


どうもメッセージを無視され、
単なるオブジェとしか捉えられてないんじゃないだろうか?
なんて感じてしまう。

いままで、しっかり原爆ドームを観た事のなかった
私が言うのもなんですけど…。(汗)



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「火曜サスペンス劇場」の殺人現場?

阿伏兎観音の真下

この「火曜サスペンス劇場」の殺人現場として登場しそうな場所は、

阿伏兎観音の真下です。

この場所で、岩にぶつかる波を音を聞いてると
何となく気持ちが落ち着きます。

あっ、くれぐれも思い詰めた様子で

波を音を聞かないでください。

場所が場所だけに周りからも不振に思われます。(^_^;)

ここは写真では分からないかもしれないけど、
結構観光客が多いです。

阿伏兎観音から丸見えの場所です。



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平山郁夫美術館「しまなみ海道六十景」

行ってきました、平山郁夫美術館。

しまなみ海道全通記念「しまなみ海道六十景」を見てきました。

しまなみ海道

しまなみ海道の通行料が高く、永い間渡ってなかったのですが、
久しぶりに尾道から生口島まで
尾道大橋・因島大橋・生口橋と3つの橋を渡ってきました。

しまなみ海道の通行料が高いって、どのくらい高いのかを説明しますと、
尾道(本州)から今治(四国)まで距離にして約60kmで、
普通車で渡ると片道4,700円です。
ちなみに、
山陽自動車道の福山から広島間の距離が約100kmで
通行料金は約2,000円です。


しまなみ海道の通行料は、
ハッキリ言って、ボッタクリ高すぎだよ。。

尾道から四国までは「近くて遠い国」というイメージです。
そして、全線開通したにもかかわらず、
通行料が高いせいなのか交通量もまばらでした。
もう少し料金を下げて、渡りやすくすれば交通量も増えて
借金も早い段階で返済出来るのではないだろうか?…っと思うのですが。

本州四国連絡高速道路の偉いさんは、
料金が高いと早く返済出来ると考えてるのかもしれないが、
交通量が少ないと意味ないしね。

もっと良心的な通行料金にしてもらいたいものです。

平山郁夫美術館

生口島に到着して、島をぐるっと回ってると

見えてきました平山郁夫美術館。

正面の大きな無料駐車場に車を止めて、
歩いてると平日だというのに以外と人が多い。

これが休日だとゆっくり観れなかったかも…。

美術館の門をくぐると、館の入口まで立派な庭園の通路。
門をくぐった瞬間、外との時間の流れとは大きく異なり、
時間がゆっくり流れている感じでした。

外との境は植え込みだけなのに

不思議な事に外の音すら聞こえてこない。

門をくぐり庭園の通路を通り、館に入って作品に触れるまでの、
この時間も作品の序章といった感じです。

そして館内に入り、1つ1つの作品を観るわけですが、
最初に常設の平山郁夫氏の子供の頃の作品が展示されていた。

どこにでもあるような子供の作品から
徐々に大きくなるにつれ画家としての風格が
見えかくれする作品へと変化してくる。

そして、有名なシルクロードやアンコールワットなどの
アジア諸国を描いた作品へと移っていく。

繊細な線と力強い彩色で絵から出る

強いパワーに圧倒されっぱなしでした。

視覚的に明らかに絵なのだが、観てるうちに写真のように感じてくる。

エアーブラシを使ったスーパーリアル画とは違う、

心で感じるスーパーリアル画

とでも言ったらいいのか、
その描かれた風景を初めて観るにもかかわらず、

自分が実際に

その場所にいるような錯角を感じた。

写真のような強い錯角を感じたまま、
「しまなみ海道六十景」の作品へとテーマは変わっていく。
美術館で流れるストーリー展開も計算され尽くしてる感じです。

美術館の中の時間まで平山郁夫氏の作品が支配し、

観る側である自分達がコントロールされてる気がしました。

5月末で「しまなみ海道六十景」の展示は終わりますが、
6月1日から始まる「渇きの風景・潤いの風景」という展示も
興味が出てきました。

そして、この時間の流れのトリックも開明してみたい。
美術館を後にし、門を出た瞬間、
何ごともなかったように、いつもの時間の流れに戻っていた。


耕三寺

平山郁夫美術館に行くだけの用事で生口島に来たのですが、
ちょうど美術館の裏手に耕三寺(クリック)があり、
その境内に10年の歳月をかけて作られた「未来心の丘」があるので、
耕三寺の参拝もしてきました。

建物は派手な曼陀羅的なカラフルな色彩の建物で雅びな感じです。

未来心の丘

そして、「未来心の丘」(クリック)
イタリアの大理石を使い、
10年の歳月をかけて作られたモニュメントで一面白の世界。
この「未来心の丘」も、ようやく観る事が出来ました。



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