
正月が明けて数日経つと、
子供のもらったお年玉の相場…なんてものが発表され、
ついつい驚いてしまうのですが、
最近の子は凄い額もらっちゃうのですね〜。
私の子供の時と大違い!小学生の高学年で3〜5万円とか…。
こりゃ、金銭感覚麻痺してしまうわなぁ〜。
お年玉をあげる時にお金を入れるポチ袋。
このポチ袋の語源も今となっては何の事?って感じですが…。(汗)
ちなみに、ポチ袋の『ポチ』とは、
少ない事を意味してるのです。たった、これっぽっち。これっぽっちの『ぽっち』から、
『ぽち袋』となったのです。
だけど、お年玉って、
『たった、これぽっち。』では済まされないじゃん。
父ちゃんのお小遣いよりも遥かに多い。(汗)
私の子供時代では、500円札というものが現役で、
ポチ袋に500円札が1枚というのは当たり前。
それが今では500円がコインに変わり、
500円玉のみをポチ袋に入れると
凄くセコいイメージですよね。この正月で
一気に財布の中身が寂しくなったお父ちゃんは
多いのではないでしょうか?
お気持ち察します。っで、お年玉の大半の使い道は、
貯金というのが圧倒的に多いのですが、
(貯金は使い道なのか?)
中には、欲しかった物を買うという子も少なくなく、
ゲーム機やゲームソフト等の
高額商品を買う子がTVで映ってました。
その様子に頭を抱えてしまった。お店に親らしき人がいない。
というか、店員以外大人がいないのです。
高額商品を子供1人で買いに来てる。この状況ってどうなんだろうね?
なんだか、お金を湯水の如く使って、
その有り難みなんか全く無いって感じ。もちろん、私だって子供の時は、
お金は親の元から溢れ出てくるような
イメージで思ってましたが、
ことある毎に、親から口うるさく、
お金はなかなか稼ぐ事は出来ないというような事を
言い聞かされていたように思います。
そして、当然、高額商品を買うとなれば
保護者同伴だったように思います。と言うか、
私のもらってたお年玉って
10,000円未満
(目一杯見栄はってます)だったので、
半分以上貯金して、
使う事の出来た額は知れてましたけど…。(^_^;)
でもね、
やっぱり、高額商品は親が同伴して、
ちゃんと管理しなきゃダメだよね。
いくら子供がもらったお年玉と言えど、
お年玉の出所は、結局親の財布なんだから。
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最近、携帯電話のメールに異変が起こっている。若い人のメールのやり取りが、
文字から絵文字へと変わっているのだそうです。
元々絵文字から進化して文字に変わって来たものが、
今度は文字から絵文字に逆戻り。それが影響してなのかどうなのか、
漢字の読めない人が増えて来てるのだそうです。また学校等、教育の現場でも
信じられないような保護者からのクレームも増えて来ている。
私が聞いた話で唖然としてしまったのは、
校庭に設置されてる時計の件で、
「うちの子はアナログ時計が読めないから、
校庭の時計をデジタル時計に変えろ!」という内容のクレーム…。
これが学校内の話だけで済むのなら
私たちには関係ないと思っていたのだが、
実際は社会にかなり影響してきているようです。日本の義務教育は、最低限、社会の生活に必要な
知識をつける場でもあるのですが、
その最低限が身に付いてない人が増えてきている。本来、努力が足らず困るのは、その人であるべき事なのだが、
実際は勉強や努力をしてきた人が困る社会になりつつあるような…。文字が読めないという事から、映画
(洋画)の字幕にも、
その影響が出始めてるそうです。
映画字幕翻訳家の戸田奈津子さんのところにも、
「映画の字幕が読めないので読めるように漢字を減して欲しい。」と言うような注文が来てるそうです。
そう言えば、
最近の映画の字幕にはルビが多くなってる気もするし、
漢字も減って来てる気もします。
只でさえ、しゃべり言葉を字幕にする為には、
字幕を読むスピードを考慮し本来の言葉の大部分をカットし
最低限の日本語に置き換えて話が通じるように
翻訳されなければならない世界なのです。
しかし、漢字が使えなくなると、
それこそもっと言葉を簡略化しなければならず、
話の通じない訳の分からない映画になってしまう。
普通に漢字が読める人からすれば、
とてもつまらない映画になってしまう。当たり前に勉強して努力して来た人が困り、
努力の足らなかった人が助けられる。何かおかしいぞ!分からない人がいるから、分かるように漢字を使わない。確かに、商売という概念で考えれば、
ニーズに応えるのが商売あり方だと思うが、
その為に、一部の努力を怠った文字の読めない人の為に、
何故、普通に努力してきた人が犠牲にならなければならないのだろう?
ある時期の教育に、運動会のかけっこ等
「仲良く手をつないでゴールしましょう」みたいな
間違った平等の理念があった時期もあり
その影響もあるのだろうか?
また、吹き替え映画にしても、
今まで声優になろうと努力し頑張ってきた人が蔑ろにされ、
昨日今日流行始めた声優素人の芸能人を簡単に起用したり。頑張って努力してる人が報われない世の中になってきているように感じる。
なぜ、怠けてきた人達が優遇されなければならないのか…。って、普通映画の字幕って特別難しい訳でもなく、
義務教育で習う漢字のレベルでしょう?(汗)
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何故、勉強が必要なのか?(クリック)
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私はブログにしろ、掲示板にしろ、
実際に人と会って話す時も
自分の言葉には責任を持っている。だから、
過去の記事から私の言葉を抜粋されてきてもちゃんと説明は出来る。自分の言った言葉に責任が持てない人は
その言葉に対する説明もろくに出来ない。
当然の事。過去良い付き合いをしていたが、
ある事で行き違になり
縁を切った人がいます。だけど、
その人と話をしていた頃、彼らに言った私の言葉は本音だし、その時の会話までが嘘の話ではない。しかし、
彼らは、その時の彼が私に言った、
その時の自分の言葉まで否定し、私に対し攻撃してくる。その時の自分の言葉まで否定し攻撃するという事は、
結局、「良い付き合いをしていた」と
思っていたのは私だけで、
彼は、ただ私の話につきあって、
本音ではなく上辺で返事を返してたという事になるのです。
その言葉が最初から(良い付き合いをしていた頃から)
嘘で固められた言葉になるのです。自分の事を棚に上げ、
当時付き合ってた事のすべてを否定されるとは。
非常に情けないし許せない。自分の言葉には責任を持ってもらいたいものだ。
この時の言葉は一体何だったのか?(クリック)
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最近のニュースを観てると、
「責任」に対して凄く疑問を感じてくる。上記写真はパロマが被害者の方に謝罪してる場面ですが、
ちょっと納得出来ない部分があるのです。
確かにパロマの対応の悪さという部分では
許される事ではないと思うのだけど、果たして、人の命を奪ったのはパロマの責任?パロマは、給湯器にちゃんと
安全装置をつけて販売していたのですよね。しかし、メンテナンス業者などが
安全装置が働くからと、安全装置をキャンセルする改造を
行っていたわけですよね。
また、メンテナンス業者が改造を施す背景に
消費者
(アパートオーナー)等からの依頼はなかったのだろうか?
パロマの事故報告の遅れなど問題にされてますが、
それ以前に、改造に対する勘違いという責任ってあると思うのだけどね。
安全装置を回避する改造を施したことが大きな事故原因だよね。安全装置って何の為の安全装置なのでしょう?安全装置のおかげで安全が保たれてるって事が完全に抜けてるよね。
そういう事への責任はどうなの?
あまりにも無視されてはいないだろうか…?知人サイトでの質問話で…
ヒューズがよく切れるんですが、
ヒューズの容量を大きくすれば良いでしょうか?ヒューズって、何のために存在しているの?警告音がうるさいんですが、音の出所知りませんか?
スピーカー外そうと思っています。だから、警告音だよ。話し変わって、
5月頃だったと思うのですが、千葉市の動物園で、
1歳7ヶ月の男の子が死亡するという
痛ましい事故がありましたよね。原因は、背もたれの無いベンチから誤って転落した際に
後頭部に枯れ枝が刺さった為というもの。 そして母親は、
死亡したのは「動物園(市)が管理を怠ったからだ」と
その動物園を管理する市を相手取り
6,000万円の訴訟を起こしましたよね。
こういうの何か間違ってないか?ベンチに背もたれがあり、
背もたれが壊れて修理が出来てなかったかで
寄り掛かった時にそれが折れたというのなら、
管理上の落ち度ということになるでしょう。しかし、始めから背もたれなんか無いベンチなのだし、
無防備な幼児の背もたれになるのは
親そのものでしょうに。まして母親は少し離れて
知人と立ち話をしていたという事ですから、
責任放棄以外の何物でもないと思う。もし、この事故が、
遠足などで学校の先生の引率の基で
起こった事故であったらきっと、母親は、市ではなく学校側に対し訴訟を起こしてたと思う。学校側に対し訴訟を起こすという事は、
今回の場合、自分に対し訴訟を起こすという事なんだよね。
結局自分の責任をどこかに、
なすり付けたいだけの対応に過ぎない。
このような責任のなすり付け的なニュースは
その後も数多い。ここ最近ニュースになった、
シュレッダーでも事故もそうだと思う。
確かに、企業対応の悪さというのも当然あるのだが、
それを扱う消費者の問題というのも大きいと思う。企業対応の悪さと消費者の問題というのは別物ですから、
企業対応の悪さという部分で問題を解決したとしても、
消費者の問題というのは全く解決されてないわけですよね。シュレッダーで子供の指が用紙投入口に入るから危険…?
それって変じゃない?
用紙投入口には、手を入れてはダメというマークがあるよね。
それは危険を知らせてあるのであって、その危険を回避するのは
消費者の責任。まして、事故が起こったシュレッダーは業務用。
もし、それが危険って事になるのだったら、
キッチンにある包丁は刃がむき出しだから危険だよね。
日曜大工で使う、鋸も危険で対策が必要になるよね。
何処までの責任をメーカーが担わなければならないのだろう。なんだか、納得のいかない責任逃れというのが
凄く目立ってるような気がします。企業(メーカー)の責任逃れ…、
そのメーカーの社員も一歩会社を出れば消費者の立場。消費者の責任逃れ…、
消費者も会社に行けば、企業(メーカー)の立場。企業の責任逃れ体質が騒がれているが、
消費者の責任逃れ体質と比例してると思う。良いサービスをする為には、良い消費者になれなければダメだし、
良い消費者になれる事は、良いサービスが出来るって事。
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私には保育園児の頃の忘れられない出来事がある。
ある行事の練習で、体操をしていた時のことです。
お手本の先生と反対の動きを私1人がしていたのです。友達の皆は先生と同じ向きで体操をしています。
すると、私は先生から動きが反対と注意を受けました。
しかし、子供ながらに私はその注意された事に納得が出来ず、
それでも、先生と反対の動きをしてました。
もちろん、友達の皆とも反対の動きです。
そして、終いには、
『何故、先生と同じ動きが出来ないの?』…と、
強い剣幕で叱られました。
私はベソかきながら、『先生と同じ動きをしてる』と主張し
更に、『友達の皆が間違ってる』と言いました。
私は、先生と同じ向きになれば、同じ動きをしていたわけです。先生と向かい合っている為、正しい動きは逆になると思っていたのです。
まさか、その時、先生がワザと逆の動きをしてたなんて思ってもみなかった。
そして、先生が何故逆の動きをしてたのか、その時は理解出来なかった。この場合、どちらが正しいのでしょうか?(笑)
もちろん、今となれば私が間違っていた事は分かるのです。
しかし、当時は「先生が見本で皆に分かりやすく逆の動きをする。」
…、という趣旨の話は園児に全くされてません。
話されたからといって、それを理解できるかどうかは疑問ですけど…。
先生の動きが正しいと信じ、
必死に先生の向きで考え動きを真似て、それで叱られた。
私は、必死に自分の正当性を言ってたと思う。
先生は、子供達が先生の動きを見たまま真似すると思っていたのでしょう。
だけど、私は先生の考えよりも更に数歩先を進んでたわけです。
そして、今、私は思う。
私の考えは、常に1歩2歩先を進みすぎ、
そして、周りから受け入れられないのだろうか…?↑都合の良い勝手な解釈。(^_^;)
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いろんな場で、もてはやされるランキング。
抱かれたい(抱かれたくない)芸能人ランキング。
理想の母(父)にピッタリな芸能人ランキング。
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実に、下らない!!!1位に選ばれたとしても「だから何?」。下らないランキングは凄く好きなのに、
本業のランキングは誰もこだわらない。
役者を対象にした演技力ランキング。
歌手を対象にした歌唱力ランキング。
芸人を対象にしたお笑いテクニックランキング。etc…。
何故、全くないの?オリコンを代表とするようなランキングは、
売り上げランキングであって歌唱力ランキングではない。このような変なランキングで、頑張るポイントを見失いのだろうか?
自分の技術を磨く事よりも、売り上げる事に一生懸命になる…。
技術を磨くから、結果として売り上げに繋がる。本当は、この図式が出来て無くちゃダメなんだけどね。
スポーツの世界は、そう言う意味でちゃんとしてますよね。
勝率に対してのランキングですから…。これが、勝率ではなく試合のチケット売り上げランキングで評価されたら、
きっと選手全員、技を磨かず営業に専念するかも。ブログアクセスランキングも、アクセスのみじゃなく、
面白い(良い)記事ランキングというような
内容に対するランキングもあれば良いのになぁ。↓ブログの為のブログアクセスランキング(面白かったかどうかじゃない)です。清き1票を。
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【その1】某大型店の一角にあるゲームコーナー。
ゲーム機に4〜5歳ぐらいの男の子が熱中していました。
後ろで順番待ちをしている子が他にもいるのに知らん顔。
「今じゃ!くそぉ〜、ボケッ!」と連呼して、
次々に100円玉を入れ続けてしていました。
「4〜5歳ぐらいの子供なのに、なんでそんなに沢山のお金を持ってるの?」…私の素朴な疑問。そして、近くに2〜3歳くらいの子が寄ってくると
「邪魔だ、来るな!」とひじで押し退け、
その子が尻餅をついて泣いても知らん顔。
近くにいた2〜3歳くらいの子の親らしき人が困り顔で、
男の子に「後ろで順番待ってる子がいるよ。」って
注意を促す意味で言われてたけど、
「うるさいなぁ。まだ、終わってないんじゃ!」と…。その子の目は、何かに取り付かれたような冷たい目をしていた。その男の子の保護者らしき人は周りにいません。
だけど、その男の子が1人で、
この某大型店に来てるとも私には考えられません。
ここからは、私の勝手な想像だけど、親が自分の買い物をする為に、
「ここでしばらく遊んでなさい。」と、子供に幾らかお金を渡して、
親は自分達の買い物をしてるのではないかと思た。【その2】随分前の事だけど、
通っていた某スポーツジムのプールに行った時、
子供の送り迎えをしている親と水泳を習っている子供達が
待合所にいました。
待合所は親子達でとても賑やかな状態でした。
そこで子供達の様子を見てたらやりたい放題、
ソファーの上で飛び跳ねるわ、走り回って他の人に迷惑かけてるわ、
テーブルの上にある広告を折り紙代わりにして
紙飛行機を作って散らかしてるなど、
あちゃぁ〜と目を覆いたくなる光景です。「親は注意せんのか!?」と思って、親の方に目をやると
親同士話に夢中でそ知らぬ顔です。そのような中で、1人の子供が仲間外れにされてたのですが、
我が子が仲間外れにされたら、真っ先に他の子に
「○○ちゃん!一緒に遊んであげてねぇ。」
「ちゃんと一緒に遊んであげないとダメよ〜!」て、注意してるのです。おいおい!注意するところが、おかしいでしょ!仲良く遊んでたら子供達が何をしててもいいのか?
子供に水泳教える前に、親として子供に教える事が
あるんと違うんかいな!【その3】某駐車場での出来事です。
車を止め何気に、ボケーっと辺りを見てたら
1台の車に目が止まりました。
窓を開け放ち車内で、50歳代と思われる男性2人が
弁当を食べ始めました。
1人の男性がパンの袋を何の躊躇もなくポイッと外に放り投げ、
もう1人の男性も弁当の包み紙を、
すぐ側の植え込みの中に当然のように捨てていた。若者は社会のモラルに反してるとか、礼儀がなってないとか、
最近の子供は〜云々とよく言われますが、
彼らが悪いのではないと思った。少なからず我々大人の姿が、若者や子供に反映されてるはず。知人に幼児教育に携わり20年ものベテランの方がいますが、
職業柄、親御さんよりも長い間、小さな子供と関わってきています。
“子供の姿を見ていたら親御さんの姿が見えてくる”と言います。
実際に父兄と会うと、良くも悪くも「なるほどな!」っと、
納得できるそうです。それだけ子供は大人
(親)の影響力が大きいという事なんですよね。
大人が出来てない事を子供に押し付けても
子供がちゃんと言う事を聞くわけがない。
学校の規則や注意などで綺麗事を言っても、
大人が出来てない事だと説得力がない。「自転車に乗りながら携帯で話やメールをしてはダメ。」なんて
子供に言っても大人が車に乗りながら携帯電話を使用してると
何の説得力もない。実際、学校などで
「自転車に乗りながら携帯で話やメールをしてはダメ。」
というような注意はされてるようですが、
車を運転しながらの携帯電話で話しをしてる大人の姿は良く見かけます。
私自身、「胸を張れる立派な行動がとれているのか?」と
言われてしまえば至らぬ点も多いと思う。
ちゃんと子供達の見本となれる行動をしているのか?
しかし、私は、子供達が…、また後輩達が、
自分の事を目標としてくれるような存在になりたいし、
そうなれるよう頑張りたい。
その為には、ちゃんと行動で示さないとね。
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(C)新潟日報 孤立する秋山郷今年の冬は記録的な大寒波のようで、
各地で大雪の被害がでています。
そこで、その大雪のレポートをする
レポーターやキャスターの方に面白い傾向が見られた。
豪雪地域に住む住民の方へのインタビューで
「このような大雪は今迄にありましたか?」とお約束のように聞いている。
この質問には、明らかに住民からの
「こんなに降ったのは初めてです。」という解答を
待っているという姿勢がミエミエです。ニュース等の番組や局、場所が違う地域だとしても、
必ず一度は質問してるんですよね。呆れたのが同じニュース番組内で、ある町で同じ質問をし
更にそこから数kmしか離れていない隣町でも同じ質問をしていた。
数km離れたところで、どこもそんなに変わらんわ!他に聞く事はないんか?住民の気持ちとして考えれば
「冷やかしの報道なら帰ってくれ」というのが心境じゃないだろうか?
なんか、こういうのって、
悪い意味で日本人的。
明らかに聞く側の思い描く解答を待っている質問です。そして、時に、聞く側の思い描く解答と違う解答が帰ってくると、
何が何でも思い描く解答に導き出そうとしたり…。(呆)
こういうのって他にも多いですよね。
昔大人気で歌姫とか言われてたりしていたが、
最近では人気低迷でTVに出てこなくなった大物歌手が居た。
その大物歌手がある時TVに出て来て歌を披露した。しかし、ブランクが大きいのか、
それとも元々の姿なのか声が全く出ていない状態であっても、
過去の大人気で歌姫と言われていた印象で、
「さすが上手いですね〜。あの歌声を再び聴けるとは…。」等と
無理矢理、自分の持ち続けてるイメージに結び付けようと
過去と現在を導き出そうとする司会者。そして、周りの人も、その言葉に合わせて
「上手い」「最高」とかの最上級的な言葉を並べる。また、ある番組で自分の失敗談を語る大物歌手。
「凄く恥ずかしい話なので絶対に笑わないで下さいね。絶対ですよ。」と前置きして言葉とは逆に笑ってもらう事を強要しようとする。
案の定、話し始めた大物歌手は周りが笑う前に自分から笑っていた。
笑うか笑わないかは、話を聞く人の勝手である。裏の心理と言うか、
聞く側が自分の中に勝手にシナリオを作り、
相手の意志を無視して、
その勝手なシナリオ通りに事を運ぼうとするのって、
なんか、嫌だなぁ〜。
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ふと思った。
何気に使ってる「電卓」って言葉。
パソコンで入力しても、普通に変換されるこの言葉は
もともと「電子卓上計算機」という名称だったのですよね。「電子卓上計算機」が省略されて「電卓」。
今は、「電子卓上計算機」なんて言葉は死語に等しい。「パソコン」って言葉もそうだ。
もともと「パーソナルコンピューター」という名称だった。「パーソナルコンピューター」も死語に等しい。最近も短縮語というのがもてはやされてますが、
「電卓」や「パソコン」とはちと違う。
以前は名詞
(単語)が短縮され略されていたが、
今は文章が短縮されている。文章の短縮は意味が分からん!
TV番組で「キスだけじゃイヤ」が「キスイヤ」。言葉の意味が180度変わってしまってる。(汗)
文章の短縮語というのは、
意味を正確に伝える事は出来ない。メディアなど言葉を重要視する仕事の現場でも、
流行りに任せて文章の短縮語を使っているが、滅茶苦茶乱暴だと思う。
文章の短縮語というのは、
元の文章を知らなければ成り立たない言葉です。日本の国民全員がそれらを知ってるとは限らない。だけど、メディアが平気で流行ってるからと文章の短縮語使う。
そういう短絡的な考え方に、メディアの愚かさを感じてしまう。
でも、そう言う人達が一生懸命、
「伝える事の大切さ」を力説してたりすると実にこっけいだ。
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自分の身の回りの環境で、
『全てが、そうである。』と決めつける事勿れ!これは、私の人生観が大きく変わった言葉です。私がデザインを学び教えられてきた中に、
社会に出る前から
『デザイナーは忙しい・デザイナーは寝る時間もない・デザイナーは安月給』というような事も教わってきました。
事実、私が就職したところは、全てそれらの言葉が当てはまっていた。
自分の中で、気がつかないうちに、『それが当たり前。』という風に
疑問にも思わなくなってきた。働いてもお金にならない
(明け方まで続くサービス残業)。
休みも取れない労働条件…、他の人達がおかしい
(狂ってる)と
感じる事が『常識』となり、
この業界はそう言うもんだと勝手に決めつけていた。変な話、会社に隠り仕事が多く、
雁字搦めになり缶詰状態に忙しい事が
出来るデザイナーだと信じて疑ってなかった時もある。そして、
全てのデザイナーがそうであると決めつけていた。だけど、世界は広いんだよね。
今上げた、私の当たり前だった事と
丸きり正反対のところだってあるんだよね。
自分が知らなかっただけで、本当は様々なんだよね。勝手に『全てが、そうである。』と決めつけ、
それ以外を見ようとしてないのは、凄く勿体無いし、
自分のチャンスも見捨ててる事に繋がる。それに気がついてから周りを見ると、
案外、過去の自分のように多くの人が、
自分の身の回りの環境で、『全てが、そうである。』と
決めつけているように思える。
そして、そう言う人は自分の事も実は見えてなかったりする。
以前の私がそうだったように。
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