
無性に喉が渇き、炭酸系のショワショワッとした
ドリンクが欲しくて、自販機でコーラを買いました。
同じ場所に数台並ぶ自販機で
ドリンクの種類は豊富なのだけど、
コーラはどの自販機にも用意されていました。
別にコーラならどれでも良かったんだけど、
折角なので、
その中にあった中国五輪デザインの缶を選びボタンを押した。まだ中国五輪デザインの缶が残ってるんだ。
なんて思いながら…。
ゴトン!
…とコーラが落ちて取り出してみると
普通やん!自販機の見本はイメージです。…って、コピーはいらないの?(毒)
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イラストはイメージです…って?(クリック)写真はイメージ?(クリック)Official WEB Site

街のコンビニではどうなのか知りませんが、
田舎のコンビニの入口には、
屋外用の扇風機が置かれてるところがあります。これは暑さ対策の為なのか?いやいや、暑さに関して言えば、
ヒートアイランド現象を特徴とするような
都会の街の方が田舎よりも暑そうだよね。
それに、ちょっと街に出ると
扇風機の置かれたコンビニなんて見かけないし。
実は、この扇風機が活躍する時間帯は、
日が暮れて店内に照明が灯る夜なのです。
田舎のコンビニって周囲の風景はこんな感じです。
コンビニの駐車場から眺めてますが周囲には緑しかありません。

ちなみに、コンビニの裏側はこんな感じで、
やっぱり緑です。
ここまで緑が多いと夜中に明かりを求めて、
虫たちが沢山集まってきます。夜中、コンビニの他に明かりを灯してる建物は無いし、
光は虫たちの絶好のターゲットです。
当然、お客さんの出入りと共に虫たちも
店内に進入してくるわけで、
それはお店にとってはえらい迷惑な話なのです。
そこで入口に設置された扇風機の出番となるわけです。扇風機の起す風によって入口に気流のバリヤーをするわけです。
店内に進入しようとする虫は、
強風で吹き飛ばされ進入が出来なくなるのです。電撃殺虫器を吊るして、虫を退治と言っても、
進入してくる虫は防げないけど、
風でバリヤーすれば防ぐ事が出来るからなのですが、
しかし、ここは田舎…。
そんなに夜遅くまで客が居るのだろうか?Official WEB Site

今では皆が当たり前に使ってる携帯電話ですが、
多くの方が、私の使ってる携帯電話を見て、
「不便じゃないか?」って言われます。
私は不便だと感じた事は無いのですけど…。(笑)
そりゃ、古い携帯電話だしカメラ機能はついてないし、
メールも契約してないので使えません。
当然、携帯サイトを見るなんて出来ません。
先日、ある方と携帯電話談義になりまして、
携帯電話が普及する前は、
どうやって生活してたんだろうか?って、話になりました。
私も電話だけの機能しかない携帯ですが、
待ち合わせ等で携帯電話の恩恵にあやかっています。
携帯電話を持っていなかった頃の
待ち合わせはどうやってたんだろう?一旦外出してしまえば、
現在のように簡単に連絡が取れなかったわけですよね。
それで、よくよく考えると、
何をするにも、最初に綿密な打ち合せのもと
行動してたような気がします。仕事もそうですが、
単なる遊びで友達と待ち合わせする場合でもです。
何時に何処何処で待ち合わせ、
急用が出来て遅れたり行けなくなった場合は、
何時に□□に立ち寄るので、そこに連絡入れといて。
…とか、
緊急連絡先も決めてたりして、
凄く計画的に行動してたと思います。しかし、最近の待ち合わせは、
目的すら決めず、時間もハッキリ決めず、
「家を出たら電話入れるから、何処にいるか教えて。」そして、
「道中考えてまた電話する」なんて、
待ち合わせ場所に向かう途中に考えたり…。
それって、本当に便利になったって事なのかな?って、私は常に疑問を感じてます。
普段の遊びの中でも計画的に行動してたのが、
携帯電話でいつでも何処でも連絡が取れるとなると、
ついつい携帯電話の便利さに甘えて、
今まで行なってた当たり前の事をしなくなる。
そういう何気ないところから、
人としての成長を鍛える場が
どんどん無くなってる気がします。
これは仕事についても同じ事が言えるわけで、
道具が進化し便利で良くなった分、
人がそれに甘え計画的に行動が出来ず、
同時に無駄というのも大きくなってる気がします。
仕事をしていて、以前よりやる事が増えて、
忙しくなったと感じるのですが、
正味の仕事量は全く昔と変わってない気がします。以前より確実に便利になっているはずなのに、
正味の仕事量が変わっていないという事は、
単純に便利になったところで、そこに甘んじて、
無駄が大量に出ているんだろうなと純粋に感じます。
結局、道具は便利に進歩をしてるが、
人間は逆にどんどんと退化してるのでしょうね。意識的に注意してないと、
どんどんドツボにハマってしまうような気がしてなりません。
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私には二十歳頃より毎回通ってる美容院があります。
そして、今回もその美容院でカットしてもらったのですが、
実は今回のカットの前2回は、
安い1,050円カットの散髪屋に浮気をしたんですよ。新しく出来た1,050円カットが
どんなものか知りたくて行ってみました。

最初に飛び込んだ時は、待ち時間1時間、
カットで30分って感じでトータル1時間30分程かかりました。
カットも1,050円で「これなら良いかな」という感じで、
妥当な価格という感じでした。
2度目に行った時も同様に待たされ、
流れ作業的に回ってくる順番の為に、
前回と同じ方にカットしてもらう事は出来ず、
同じ条件を伝えたにも全く違う髪型になってしまいました。しかも、1,050円という価格の為、
気に入らなくても受け入れなくてはならない。更にカットする担当者がその都度変わるものだから、
カットしてもらってる最中に話を楽しむ事も出来ない。
2度目は不満の方が大きくなりました。1,000円という安い価格で、
今まで行ってた美容院との差額約2,500円ですが、
2,500円の価値以上の時間を
損失してる事に気がつきました。
カットしてもらってる間は、
自分の時間を美容院に預けなければ
カットしてもらえないわけで、
カットしてもらう技術はもちろんの事、
そのカットしてもらってる時間の会話で、
如何に多くの事を学ばせてもらっていたか…。
という事にも気がつきました。
また予約を入れてカットしてもらう時の
無駄な時間はないわけだし時間を有意義に使えるのです。
今回カットしてもらいながら毎度のように
会話を楽しんでいましたが、カットが終わっても、
もう少し会話を楽しみたいなという感じなのですよ。
そこで得る情報は非常に価値あると感じてます。
だけど、それ以上会話だけを楽しむと、
美容院さんの営業の邪魔ですからね。(笑)
安物買いの銭失い。まさに私はそれを感じました。
お金って一体何でしょうね?時は金なり。コインや紙幣のみがお金
(財産)じゃないって感じます。
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同じ日に入ってた、安さを謳う広告。何処もかしこもって感じです。バブル経済が崩壊しはじめた頃、
「価格破壊」という言葉と共に、
ディスカウントショップが流行りました。
現在の100円ショップのような勢いで
至る所に店舗がありました。
しかし、現在では、
そのようなディスカウントショップを見る事がありません。
あれだけ沢山存在してたディスカウントショプは
一体どうなったのでしょう?そして、そのようなディスカウントショップから、
人々は何を学んだのでしょう?
結局、何も学べてないのかなぁ。ディスカウントショップという看板を掲げる店は無くなったけど、
それに変わる呼び名で、しっかり生き残ってるもんなぁ。
その昔「価格破壊」そして現在
「世界一の安さに挑戦!」なんて安さを謳ってる所もあるし、
兎に角、人の気を引く為には安さ。
いろんな広告を見てても、安さ安さ。
安さをアピールするコピーしか目にしないのは、
消費者が安さしか見ようとしてないからなのか?しかし、
破壊された価格には相応のリスクが伴うと言う事を消費者は認識すべきだと思います。
また、安さしかアピール出来ないお店等も同じ。
『安ければ良い』という消費者やお店の姿勢が
日本の製造業をダメにし、
そこで働く人たちの社会的評価を下げていると感じます。今では日本の製造現場から誇り高き職人は駆逐され
派遣やフリーターに占領されている。
全ては、金にしか価値を見出せない。
それは、他に価値を見出せない
凄く未熟な社会の表れだと思う。Official WEB Site
時は金なり意味:時は貴重であるからむだに過ごしてはならない。昔の人は良い事言いますね。
今、この年になって本当にそう思います。
1日は24時間。
この時間は、地球上で生まれる全ての生物に、
平等に与えられた時間です。地位や名誉があるからと言って、
1日の時間が増やされるわけでもない。
生まれたばかりの赤ちゃんも、
1日は24時間与えてもらってるんですよね。
この平等に与えられた1日24時間の時間は、
1人1人の宝であり財産です。でね、何故こんな事を書いてるかと言うと、
この日本では、「あまりにも時間と言う財産に付いて、
無頓着すぎやしないだろうか?」って思うわけです。
時間の過ごし方という価値観は無に等しい気がします。お金のような目に見える利益しか追い求めない。
そんな偏った価値観の国が日本じゃないかなぁ。
仕事してると利益を出してる、
逆に仕事してないとサボってる。こう言った価値観に捕われ過ぎてしまってる。
私は現在仕事する事によって、
自分の財産を奪われてるという気持ちが非常に強いです。現在1日24時間中、会社で拘束されてる時間が
平均14時間〜16時間。
正直家には数時間寝る為だけに帰ってるという感じです。
クリエイターとしていろんな情報を
蓄積する為の時間も削られてます。
蓄積が出来ないという事は、
満足な仕事をする事も出来ないという事になり、
自分をしっかり持ってなければ、
本当に私のクリエイター生命も終わりになる。そんな危機感を感じています。
まだ私は出向の身ですから、
働けば働いただけお金になりますが、
そこの社員さんは、皆サービス残業で、
貴重な時間を奪われてる状況だと言えます。
しかし、その環境が当たり前だと、
その貴重な時間を奪われてる事にも
気がつけないでいるのですよね。その昔、私がそうだったように…。
お金のみの価値観だと、
多く働けばそれだけ時間を有効に使ってる
と感じるのが当たり前なのかもしれない。
しかし、それはお金のみの
狭い範囲しか知らない人達の価値観に他ならない。
私は自分の為の活動資金調達が目的で、
今の出向を選びましたが、
目的が達成出来たら、さっさと抜け出したいです。
井伏鱒二の短編小説
山椒魚うっかりして棲家の岩屋から出られなくなった山椒魚は、
穴の外の景色を眺めて暇をつぶすが、
自由を奪われたと知り悲歎にくれる。
あるとき岩屋に迷い込んだ蛙を見て嘲り、言い争いになるが、
もはや岩屋から出るのはあきらめるしかなかった。私は決して山椒魚にはならない!Official WEB Site
この見出しは何だぁ〜!また、自衛隊船が原因で
事故をしたかのようにも感じ取れる言い回し。
人を釣る為の姑息な情報操作そのものじゃないか!
見出しには、「接触事故」と言い切られ、
「追突した」とか「追突された」とかの表現は
どこにも使われてないので、
どちらの意味にも取れる言葉ですが、「また」という言葉がある為に
「追突した」と言う方向に誘導されてますよね。
っで、実際の内容はこちらで、
今回は自衛隊船が停泊中に被害にあったのじゃないか!イージス艦「あたご」の衝突事故や、接岸中での衝突事故で、
人々が敏感になってる心理を利用した、
汚いメディアのやり方に怒りすら覚えます。
スポーツ新聞等の見出しを完全に真似してるというか…、
見出しの意味と本文の意味が
異なってる気がするのだけどねぇ。人を騙しても読者を得たもの勝ち?それって、食品等の偽装問題と何が違うの?社会の出来事から何も学べないメディア…。Official WEB Site
ハイテクなイージス艦の衝突事故。その乗組員の行動に対する問題が取り上げられていますが、
一般的な場面でもこういう事は多々有るように思います。
事故の原因とハイテクな装備等と
直接の因果関係があるのかどうなのかは分かりませんが、
私はこのハイテク化というのが、
どうも以前から気になっております。もちろん、私も道具がハイテク化して、
便利に効率良くなってくれる事はWelcomeの状態です。
しかし、
人の扱う道具がハイテク化すればする程、
逆にそれを扱う人はローテク化してるように感じます。人のローテク化とは意識の低下とでも言いますか、
道具のハイテク化の上に胡座を組んでしまうって事です。
そのハイテクに進化した道具を扱う人が、
以前使ってた道具と同じ意識で接していれば、
そのハイテク化というものは相当な力になってくれると思います。
だけど、人の意識が以前より低下すれば、
いくら道具がハイテク化されたとしても、
以前よりも不便にそして効率も
悪化した状況になると思います。自動車にしても、今や90%以上はオートマ車です。
オートマ車の普及の狙いは、
本来、煩わしいギヤチェンジの手間を省いて、
運転業務に集中出来るように。…と狙いで普及したと思うのですが、
実際には運転に集中するどころか、
ギヤチェンジの煩わしさがなくなった分、
走行中に食べ物を食べたり、
時には本を読んだりしてるのを目撃します…。
近年では、携帯電話をつついたりと、
煩わしさがなくなった分、
運転業務とは別の余計な業務を
入れてしまったりしてるのですよ。これじゃぁ、事故は減る事は無いし、
むしろ、増える一方じゃないかなぁって思うわけです。私達のデザイン業界でも同じ。
デザインが手作業の版下からMACによるDTPに変わった事でも、
同じ事が起こってるようですしね。
現在のDTPでの仕事を昔の版下作業に戻した場合、
写植代がいくらあっても足らないだろうなぁ〜。文字を印刷する為に写植は必需品だったけど、
写植を発注すればする程、写植代は加算されて行きます。
だから必要最小限に抑える為に、
しっかり原稿を煮詰め確実な状態にして
写植の発注をしていたと思う。
しかし、現在DTPになりパソコン上で
文字が簡単に扱えるようになったら、
いつでもほとんどコストがかからず訂正が可能と言う事もあり、グダグダな原稿と言うのが、
相当増えてるような気がします。
それだけ写植時代には無かった、
無駄な仕事も増えてるようですね。便利さの裏側に隠れた危険や問題。
便利になった物を扱う人の意識の低下と言うのは、
避けて通れないものなのでしょうか?Official WEB Site
イメージ写真です。多分100円ショップの問題集より…。
次の「劇」を読んで、答えなさい。ここは春男の家の門の外です。
1年生になったばかりの勇が、
ランドセルを背負って駆けてきます。
勇:「春男さん。学校へ行きましょう。」
すると、門の中から春男が出てきます。
春男:「あぁ、勇さんか。早いんだなぁ。
学校へ行くのは、まだ1時間ぐらい早いよ。」【問】
勇さんの1年生らしさは、どの言葉で分りますか。
線を引きなさい。ツッコミどころ満載です。この問題集は小学1年生用で、このブログで読みやすいように、
多用されてる仮名文字部分を漢字に置き換えて掲載しています。
正直、この問題に私は答える事が出来ません。
問の解答が分からないのです。(汗)
「勇さんの1年生らしさ」って、
「…らしさ」が見つかりません。というか、「劇」のセリフが、
小学1年生のしゃべりじゃないと思うんですけど〜。流石、100円ショップ…。
実は、ある教育熱心?…な母親が子供に
このような出来の悪い問題集を沢山やらせて、
それだけで、勉強させてる気になって満足してるんですよ。(汗)
問題集の問題がしっかりした出題になっているか?…という事には全く無頓着。
子供が与えた問題集に取りかかっている事だけで安心し、
本当に身に付く勉強になっているのかというのは関係無し。
こういう勉強のさせ方というのも何だかなぁ〜。
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写真:みろくの里ここ最近、団塊の世代がいろんな意味で注目されていて、
その注目される事の1つに、
過去を懐かしむ傾向にあると言われてます。団塊の世代の人達が、青春を過ごした昭和30年代。
誰もが、あの頃は良かったと口走ってるようです。果たして、
本当に昭和30年代頃って良い時代だったのだろうか?
戦後、高度成長で徐々に物が増えつつある過程だし、
商品の性能も今程の性能ではない。
何よりも、当時の不満を改善し発展してきたのが
現在の世の中ではないのか?そして、
現在の不満を改善し未来に繋いで行くわけなんだけど、
今を否定し、
あの頃は良かったと昔を懐かしんでいるのでは
あなた方は今までの間何をして来たの?って、問いたくなるんですよね。
だって、今の世の中を築き上げて来たのは、
あの頃は良かったと昔を懐かしんでいる団塊の世代ですよ。それって、
何かおかしくないか?無責任でないか?
そんな気がしてならないのは
私だけだろうか…?
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