FC2ブログ
2020 051234567891011121314151617181920212223242526272829302020 07

デザインとアート(芸術)

グラフィックデザイナー亀倉雄策 図録

クリエイションは、グラフィックデザイナーの故 亀倉雄策氏が、晩年ライフワークとして編集に取組んだ全20号のデザイン誌です。あれれ?全20号なのに写真のクリエイションは何故21号なんだ?って、これは亀倉雄策追悼特別号で、亀倉雄策 氏のデザイン史そのもので、図録と言っても良いでしょう。そして、故 亀倉雄策氏が手掛けたデザインは、今日も何処かの美術館で展示されてるのではないかと思います。デザインって芸術性を秘めてる物は、とことん芸術価値の高い物であり、下らないデザインはとことん下らない。

見る人が芸術性があると思えば、それは間違いなくアートだと思う。いくら、デザイナー自身が、デザインはアートではないと力説してもです。事実、故 亀倉雄策氏が手掛けたデザインは、日本中の美術館巡りしてますからねぇ。故 亀倉雄策氏が、仮に「自分のデザインはアートでない」と言いながらデザインしてたとしても、世間の評価はアートになっているでしょう。

デザイナーが「デザインとアートの違い」について語ってる人、本当に多いです。どうでも良い下らない事に真剣になって、本当に考えなきゃならない事が全く考えられていない。そもそも、デザインとアートって比べる事の出来る対象ですか?アートって芸術の事ですよ。芸術の中には様々な物が含まれてるし、そもそも比べる対象じゃないですよね。それを、比べようとしてるのだから、あまりにもお粗末過ぎます。デザインはアートでないと唱える人のデザインは到底アートと言えないデザインを手掛けてる人なのでしょう。

安倍晋三:山口みやげ

このような、お粗末で使い捨てのデザインを手掛けてるような人の言葉でしょう。こんなデザインは、どう見ても芸術性があるとは思えませんし、美術館を巡ってたら笑い者です。下記の故 亀倉雄策氏が手掛けたデザインと比べれば一目瞭然。

東京オリンピックのポスター

こちらは、東京オリンピックのポスターです。クライアントの依頼で創られたデザインですけど、美術館を巡ってますよ。

苗場スキー場のポスター

こちらも美術館を巡ってる、苗場スキー場のポスター。

明治チョコレートのパッケージ

明治チョコレートのパッケージ。パッケージデザインも、美術館を巡ってます。

各種ロゴマーク

見慣れた企業さんのロゴマークだって、アートと位置づけられ美術館を巡ってます。

各種ロゴマーク

しかも、これらの企業さんは、美術館にて、タダで宣伝してもらってるようなものですよね。

各種ロゴマーク

ついつい、故 亀倉雄策 氏が、見慣れた多くの企業のロゴを手掛けてたものだから、大量に紹介してしまったです。(^_^;)

リクルート

リクルートさんなんて見開きページで、専用にページが設けられてるし~。

NTTロゴマーク

NTTさんも1/4ページにロゴマークが特大扱い。どれも、アートとして扱われてます。

アート
制作者自身の考えを表現した物であり、その効果及び売上げに明確な目標は必ずしも必要ではない。

デザイン
クライアントの考えをデザイナーが制作代行した物であり、その効果や売上げ等の増加に目標がある。


↑これは多くのデザイナーさんが言うアートとデザインの定義です。

デザインがクライアントの依頼で創られる事は、定義付けしなくとも誰もが知る、当たり前の事。一体誰に向けて、この定義を論じてるのか?デザイナーの傲慢な考え方でしかない。一般の人(デザイン業界以外の人)は「デザインがクライアントの依頼で創られいると知らない」とでも思っているのか?そうだとすれば、一般の人をかなり見下した発言になるでしょう。

また、こちら(クリック)で言われてる「イラストレーターは絵が上手いだけじゃダメ」という事も、その事に関係してるであろうと感じます。

●関連記事
理論よりも結果(クリック)
世間とズレた感覚がクリエイターの証し?(クリック)
行ってきました!BOX ART 展(クリック)





にほんブログ村 デザインブログへ ←クリックよろしくお願いします

Official WEB Site
K-BRAND、ケーブランドバナー
スポンサーサイト



コメント


アート作品とデザイン作品、
アート性とデザイン性。

それらを混同して表すから、波乱を呼ぶ。

それだけの事だと、私は思ってます。

KOJIさんが書かれてるように、
デザイン作品にアート性は必要ですし、
アート作品にデザイン性は必要だと思います。

でも、製作動機が違う、
2種類のものがあるのも確かですから。

デザインとアートの違いを語ってる人たちって、ファインアート(純粋美術)のみがアートだと思ってるみたいですね。

ファインアート(純粋美術)とコマーシャルアート(商業美術)、どちらもアート(美術)の中の一分野ですよね。

加えて、デザイン作品をファインアート(純粋美術)として発表することもあるわけですから、デザインはコマーシャルアート(商業美術)という考えも非常に狭いと思います。

確かに、アートとしての価値が無いデザインもありますが、それは絵でも彫刻でも音楽でもあることで、デザインだけが「アートじゃない」と強調されてしまうのもおかしなことですよね。

カタカナでボカさず・・・

アート、デザイン・・・日本語で考えると意味が変わるのだろうか?

「どうしてそれらの言葉がカタカナなのか」というところに着目する人はあまり居ないように思います。そのまま日本語に訳せたら、わざわざ解りにくいカタカナで言う必要は無いと思います。
それを踏まえた上で、それらの言葉を使う英語圏の人と日本人との違いですが、英語圏の人は子供の頃から「ART」や「DESIGN」という言葉が身近にあります。幼稚園のお絵描きの時間にも使われる言葉で、"You designed so well!"とか"This is great art!!"のように大人が小さな子供の絵を褒めるような時にも出て来る言葉です。しかし日本語で「芸術」「図案化(する)」などという言葉は仰々しいイメージがあって使われません。そんな「育ち方」というか浸透性ですでに違います。「芸術」は、まるで画家が描く難解な抽象画、または作者が好き勝手に描いて買ってもらえるのを待ってる作品、みたいに日本人はとらえがちです。

僕は普段の生活は英語しか使いませんが、それは考えるのも英語という意味でもあり、そういう生活の中では「art」も「design」も、そのままのオリジナルの意味ですんなり受け入れられます、というかむしろ日本語に置き換えると意味が変わってしまうように思います(やはり仰々しくなるというか・・・)。で、英語脳で言えば、artは音楽も趣味の絵画もインテリアも広告もすべて含めた総称のようなもので、芸術的心(というとまた仰々しいイメージを抱かれそうなので「美しく表現したいと思う心」でも良いです)があるものはすべてartに含まれると思います(名詞であって動詞にはなりません)。そしてdesignですが、日本語に置き換えると「図案」のように、アイデア自体、そしてアイデアを形にする事、そして形にしたものがdesignです(動詞にも名詞にもなります)。←これだけで2つの違いは明白では無いでしょうか?でたらめになりがちな日本語では「デザインする」という言葉と同じように「アートする」なんて言葉が勝手に一人歩きして、元々の意味とは違ってしまっており、ますます混乱や誤解を招いていると思います。

例えるなら、artは「食文化」のような総称で、designは「調理すること」「料理」のような動詞・名詞であり、行為とその形です。日本語だと(日本語脳だと)どうして2つを並べて同等に比較するような有り得ない事が出来てしまうのか不思議です。つまり、お馴染みの「デザインはアートじゃない」は「料理は食文化じゃない」と言っているようなもので、言葉自体が意味不明です。「料理したものが食文化になる」なら意味は通りますよね・・・つまり「デザインしたものがアートになる」って事です。これならすんなり意味が通るでしょう。

「デザインはアートじゃない」の「デザイン」と「アート」が同等に比較出来る物ではないという証拠として、2つの言葉を入れ替え、「アートはデザインじゃない」と言い換えれば解ります。アートもデザインして描いたり作ったりする物ですから、必ず引っかかりを感じるはずです。もしも2つが同等に比較出来るものなら、「鶏は牛じゃない」「牛は鶏じゃない」のように、どう入れ替えても同じになるはずです。そこで「鶏」を「鳥類」という総称に置き換えてみます・・・「牛は鳥類じゃない」「鶏は鳥類です」は正しいですが、無理に同等として入れ替えようとすれば「鳥類は牛じゃない」「鳥類は鶏じゃない」のように言葉自体が意味不明な状態になってしまうのです。←「デザインはアートじゃない」は僕にとってはこれと同じぐらい意味不明な考え方です。

日本語ではいつまでたっても解決しないこの議論ですが、英語では議論する必要も無い事は一目瞭然です。単語の意味と使い方という根本的なところから間違っているので、日本語ではいつまで議論しても解決するはずが無いですよね・・・いい加減やめて欲しいです!現場で活躍してるプロ達が言ってるというのも、何だか信じられません。

(ちなみに「絵画と広告は目的が違う」という理論は正しいですが、絵画も広告もアートであるので、「デザインとアートは目的が違う」という分け目が根本的なところでおかしいのだと思います。)

本当に理解出来てるのか?

♪しま さん

>それらを混同して表すから、波乱を呼ぶ。
>それだけの事だと、私は思ってます。


そうですよね。
私も、それだけの事だと思います。
ただ、プロのデザイナーが、それだけの事に気がつけず、
論じてるだけなら兎も角、
これからの人に先生ぶって、
定義付けしてるのにはいらだちを感じます。
私も、この業界に入った時、
先輩から「デザインは、アートではない。」と教え込まれました。
そして、10数年そうだと信じて疑ってなかったです。
考えなければならないデザイナーが、
何も考えず、固定概念に凝り固まり、
同じ繰り返しのパターンとして、
先輩から教えられた事をそのまま正しいと信じて
次の世代に教える、そこに独自の考えは全く含まれてない気がします。
言われた事を言われたとおりに行なう。
なんだか、そんな「バカの一つ覚え」みたいな気がします。

>でも、製作動機が違う、
>2種類のものがあるのも確かですから。


そうですね。
これは、moritoさんが最後に言われた、
「絵画と広告は目的が違う」と言う事でしょうね。
ただ、だからと言って、
「デザインとアート(芸術)」という比べ方にはならないはずです。
絵画にだって、お粗末な物と芸術性の高い物があるわけですし、
デザインだって、同じような事が言えますよね。


♪1g さん

デザインとアートの違いを語ってる人たちは、
視野が凄く狭いと思いますよね。

>確かに、アートとしての価値が無いデザインもありますが、それは絵でも彫刻でも音楽でもあることで、デザインだけが「アートじゃない」と強調されてしまうのもおかしなことですよね。

まさに、そうですよね。
アート(芸術)は、様々なものが含まれます。

デザインとアートを比べる場合、
そのアートは何を指しているのか?
絵画・彫刻・音楽・写真…etc、
それらは言われなくとも
デザイン(商業デザインや工業デザイン)とは違うし、
それぞれに、芸術性の高い物からショボいものまでありますよね。
そもそも、最初から比べる対象でない事は明白ですよね。
そんな簡単な事にプロのデザイナーが気がつけていないのです。
そして、これからの人に力説し指導している。

だけどね、私の経験上ですが、
プロのデザイナーよりも、
一般の人の方が多く美術館等に足を運んでるし、
多くのものを知っているんですよね。
ただ、デザイン業界にいると言うだけで、
その業界に関係する全てを知ってる気になってるのです。
(芸術も含めて…)


♪morito さん

>日本語で考えると意味が変わるのだろうか?

あるデザイナーは、「私はクリエイターという言葉が嫌い」と、
クリエイターという言葉まで否定してる始末で、
クリエイターを日本語で言った所で、
クリエイターの意味が変わるわけでもなく、
自分達のやってる事はクリエイティブなわけだし、
いくら、「私はクリエイターという言葉が嫌い」
と言われても…ですよね。(^_^;)

カタカナ(英語)にすれば意味が変わると考えてる人もなんだか変です。
中には、「イラストはアートや芸術と違って…云々」と、
アートと芸術を分けて考えてる人もいたし…。
「アート=芸術」じゃないのか?って、
思わず心の中でツッコミ入れた事もありましたよ。(笑)

そんな人の創るデザインは、表面的な格好ばかりで、
中身が何も無いと言うのが目に見えてくるようです。
(中身が見れる人は表面的な格好も格好悪くみえるでしょう。)

だけど、そのような中身の見れない、
恥ずかしいデザイナーさんは、本当に多いですよね。
伝える事が大事というデザイナーさんが、
伝える為のツールである言葉を考えられないのですから。

現実としっかり向き合う

矛盾は矛盾として、ちゃんと「これは間違っていると思う」と伝えて行く事がとても大事だと思います。それをして居ない為に、いつまで経っても「言いにくい事は避ける」という状態が続いているし、むしろ勇気を持って実行し、そして伝える者が「協調性が無い」とか「無理してる」なんてマイナス・イメージを持たれたり批難されたりする。そりゃぁ、個人単位で仕事を無難にやって行くのが一番楽なのでしょうけれど、デザインというものが外に出て行くものという性質上、それでは業界自体を汚し低迷します。一番大事なのは「これは間違っていると思う」とちゃんと主張して、自分自信の業績でそれ証して行く事だと思います。言ったのに出来ない人より、言いさえもしない人のほうが逃げのズルさを持っていると思う。何事にも中間点をとって理解者を装い、最初から逃げてる人も多い。そんなデザイナーの精神が世間を汚します。

麻痺

矛盾を有耶無耶にしてしまう人は結構多いです。
そして、その矛盾に対して愚痴る人も多い。
また、問題点として取り上げる人も多い。
しかし、それらの矛盾を無くす為に何をすべきなのか、
語れる人が少ないし、ましてや行動に移せる人はほとんど皆無です。

そのような問題点を取り上げ矛盾に対しメスを入れる事を、
私が業界に認められないから、ただ僻んでるという人もいます。
まぁ、そのように言う人程、
渦中の矛盾だらけの人であったりするのですけどね。

当たらず騒がず波風立てず、
無難にやって行くのが一番楽なのでしょう。
問題があれば、真っ向から向き合い解決して行かなければ、
いつまで経ってもズルズルと毒されて行くだけです。
今、話題になってる相撲業界が良い例だと思いますよ。

業界の中に居れば、考え方も麻痺して来ます。
今回の話題の事も、業界外の方とデザイナーの感覚に
大きなズレを凄く感じました。
それでも、デザイナー側は間違ってるとも思ってないのですから。

いつまで、ぬるま湯に浸かっているのか…。
そう思います。

昔の記事に書き込みするのは気が引けますが、気になったので書きます。
アートと芸術は明らかに意味が違います。
アートとART、芸術とARTももちろん違います。
moritoさんはそういうことがいいたかったんだと思います。
芸術という言葉は、使い方が二種類あります。
美術が美を放棄した、だから芸術というのがふさわしいという使い方と、
音楽や演劇なども含めての広い意味での芸術。
美術から芸術になったものは、芸術とよぶとややこしいので、美術のままか、アートという言葉をつかうべきです。
たとえば宗教芸術といいますが、宗教アートとはいいません。
このように、芸術やアートの付く言葉を考えてみると全然ちがうことがわかります。
こういうのを、カセット効果ということで説明したりする人もいます。

日本語と英語

♪め さん

すみません。
私には、「め さん」のコメントに
素直に「はい、そうですね。」と賛同出来ません。(汗)

>アートと芸術は明らかに意味が違います。
>アートとART、芸術とARTももちろん違います。


一体何を根拠に言われてるのか…。
「芸術」を、英語に訳せば「ART(アート)」です。
また逆も同じ。アートを日本語に訳せば「芸術」です。
これは、個人的な考えではなく、言葉という共通のツールですよね。
同じ言葉なのに、何故意味が違うと言われるのでしょうか?

カタカナ表記の「アート」と
アルファベット表記の「ART」でも違うって、
本気で言われてるのでしょうか?

>たとえば宗教芸術といいますが、宗教アートとはいいません。

こちらの「例え」も、全く「例え」になってないですし…。
宗教芸術でも、宗教アートでも、意味的にはどちらも同じでしょう。
芸術という表現が日本語か英語かの違いに過ぎません。
「宗教アート」とは言わない事を私は初めて聞かされました。
それは、「め さん」独自の勝手な決めつけではないでしょうか?
http://tonyjsp.com/nepal/work/w-02.html
http://www.allposters.co.jp/-st/Museum-Religious-Art-Posters_c18251_.htm
    ↑
普通に「宗教アート」と言われてます。

>moritoさんはそういうことがいいたかったんだと思います。

それと、私のコメントはmoritoさんのコメントと
一致してまして同意見ですよ。

ちなみに、こちらにコメントを下さった、
志摩さんも1gさんも私と同意見のコメントですよ。

デザインとアート

はじめまして。
私はこの夏に、デザイン学校を卒業して一般でいう『デザイナー』的なものになれたらいいなあと思っているものです。
デザインとアートを比べる物ではないということがばかばかしいと思われているようですが、実際私のまわりに、『デザイナー』と名乗っておきながら、ばりばり『アート』のようなものを世の中に排出して平気でいる人がものすごく多くいまして、自分の考える『デザイン』と『アート』の概念と彼らのとっている行為がかけ離れているため、自分なりに納得するために、比べなければならなくなりました。

ちなみに、晋ちゃんまんじゅうとか、2010年の現在もまだ存在するのでしょうか?もしもう存在していなく、そのパッケージだけたまたまどこかにあったらある意味レアですよね。そういう誰も見向きもしないような二度と入手のできない糞みたいなデザインものを集めたエキシビションとかギャラリーでやったら、晋ちゃんまんじゅうもアートになるんですかね??

どうでもいいですけど。。。

昔のものにコメントされていただきすみませんでした。

感じる事

♪yvsd さん

はじめまして。
アートとデザインで色々悩まれてる方が多いのですが、まず基本的に、「アート」って何でしょう?そして「デザイン」とは何でしょう?
変にカタカナを使わずに日本語で解釈してみて下さい。アートとは「芸術」ですよね。デザインとは「考えて作られた形」です。
この事から、美しく考えて作られた形は「芸術」に値すると思いますが、考えて作られた形でも美しくない物は「芸術」に程遠かったりするでしょ。
「考えて作られた形」は「芸術」にもなるし、また「芸術」になれなかったり…、どちらの要素も持ち合わせてるのです。

そして、「芸術」というものは、クリエイティブ業界だけの物でしょうかね?
例えば、グルメを美食なんて言いますよね。美しく盛りつけられた料理は『芸術』にも値します。そんな料理に対して、「料理は食べ物であって芸術ではない!」って言えますかね?
工業製品なども機能的に使いやすいものは「機能美」とか、スポーツなど素晴らしい技術には「芸術的な動き」とか評価を下されますよね。でも、スポーツ選手などは芸術を求めてプレイしてるわけではなく、素晴らしいプレイは結果的に美しい(芸術的)な評価が下されるわけです。

>実際私のまわりに、『デザイナー』と名乗っておきながら、ばりばり『アート』のようなものを世の中に排出して平気でいる人がものすごく多くいまして、

これも、デザインする上でのコンセプトがちゃんと出来ていて、理に適ったデザインであり、尚かつ美しく表現されたデザインならば、素晴らしいデザインだと私は思います。
しかし、コンセプトを無視して何の為に作られてるのか分からない物になってるとしたら、それは芸術が云々の前に、デザインではないという事じゃないですか?私はそんな人達を見ると芸術とデザインで分けるよりも、そういう人達はデザイナーではない!と切り捨てますけどね。お客様の注文と違うものを作ってるとしたら、素人以下ですよ。注文通りの物を作るというのは、どの業界でも当たり前の基本中の基本というか、こんな事言われなくても知ってる事ですよね。注文を聞いた上でお客様の想像以上の事をして驚かすのは、アリだと思いますよ。むしろ、それが出来てこそクリエイターだと思います。

>自分の考える『デザイン』と『アート』の概念

yvsd さんの考える『デザイン』と『アート』の概念が、どのような物かは分かりかねますので明確な回答は出せませんが、そもそも個々で『デザイン』と『アート』の概念が異なってたら、クライアント様から依頼されて創るデザインなんて絶対に出来っこないですよ。

yvsd さんが『デザイン』と『アート』の概念を考えなくとも、世界共通として言葉としての意味をそれぞれの言葉は持っています。
『デザイン』と『アート』と言う言葉を、単に自分の世界観と言う小さな環境に置き換えてる事がおかしくなる根源なのです。

「デザイン」と言ってもピンキリです。例えば、「伝票」のような商品ばかりのデザインをしてる人が「(伝票の)デザインは芸術ではない!」なんて言ってた場合、それはそれで間違いではないでしょう。

>そういう誰も見向きもしないような二度と入手のできない糞みたいなデザインものを集めたエキシビションとかギャラリーでやったら、晋ちゃんまんじゅうもアートになるんですかね??

自分が芸術だと感じたら、それはそれで芸術(アート)ですよ。感じるという事は他人がどうこう口出しする事ではないです。
デザインが芸術だという人は芸術なのだろうし、芸術じゃないという人は芸術ではないのでしょう。それを他人に押し付ける事は出来ません。それを他人に押し付けようと傲慢になってるのが、多くのデザイナー達なのです。

人が感じてる事を「違う」と否定し、自分の感じた事を押し付ける事ほどバカげた事はないですよ。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:
http://kbrand.blog9.fc2.com/tb.php/992-3cfe628c