
最近スランプでイラストが描けないでいます。
先日のイラストで知人からのダメ出しを頂きました。
自分の迷いというのは作品にダイレクトに表れ、
見る目をもたれた方には簡単に見すかされてしまいます。
一度は発表したのですが、
私自身納得いかないので削除させていただきました。
それから色々と私が今現在陥ってる
スランプの原因を見つめ直しました。
このイラストは、迷いから抜け出す為の
第一歩になったのではないかと思います…。
今回描いたランボルギーニ ディアブロには、
ランボルギーニの歴史をダイレクトに感じる
スピリットがあります。
ランボルギーニは、エンツォ・フェラーリを見返すために
フェルツィオ・ランボルギーニという男が
創った自動車メーカーです。
ランボルギーニ社の前身は、
トラクターなどを製作する農業機械メーカーで、
戦後のイタリアで「農民のトラクター」造りから始まりました。
フェルツィオ・ランボルギーニはカーマニアで知られ、
名車フェラーリのオーナーでもありました。
ある日、フェルツィオの愛車にクラッチトラブルが発生し
修理する事になったのですが、
愛車のフェラーリに使用されていたクラッチは、
自社で扱うトラクターのクラッチと全く同じ部品が使われていました。
しかも、
名門フェラーリという事で、その部品の値段は
トラクターのクラッチの何十倍というものでした。
そこでフェラーリ社への改善要求を持って
フェラーリ社のオーナー、エンツォ・フェラーリに
会見を求めました。
しかし、フェラーリ社から
「一介の機械メーカーのオーナーにレースカーの何がわかるのか」
と、その申し出をはねつけられます。
エンツォ・フェラーリに、
エンジニアとしてのプライドを傷つけられ、
フェラーリを見返す為にプライドを賭け、
自ら高性能スポーツカーを手がけるようになったのです。
トラクター製造工場のオヤジが、
エンツォ・フェラーリに噛み付いた瞬間です。
ランボルギーニのエンブレムは、
「跳ね馬」を倒す「闘牛」という意味があったようです。
しかし、
フェラーリに挑戦的とはいってもフェルツィオの意向もあって、
ランボルギーニは過激なスーパースポーツカーというよりは
豪奢なグランツーリズムを志向していました。
そんな社内にあって、
スーパースポーツカーに思いを馳せる若きエンジニア、
パオロ・スタンツァーニやジャンパオロ・ダラーラによって
1964年にミウラのコンセプトが生み出されたのでした。
1965年には、そのコンセプトを具現化したベアシャシーが
トリノショーに登場、P400と名付けられました。
それは2シータースポーツカーの「裸のシャシー」で、
V12エンジンをミッドに横置きし、
スチールモノコックに鋼板溶接のボックス断面フレームを
備えていたのです。
当時の人にはレーシングカーに見えたに違いない。
このシャシーだけを見てランボルギーニの一大転機を
予想し興奮する人は少なくなく、
実際に注文をしたマニアまでいたというのです。
そして、その翌年、当時ベルトーネのチーフであった
マルチェロ・ガンディーニによるエクステリアをまとった
ミウラP400がジュネーブショーにデビューしました。
新しい時代を予感させるスタイリングに予約注文はさらに殺到。
V型12気筒エンジンをミッドシップマウントしたロードカーは、
フェラーリでさえまだ作っていなかったのです。
ミウラはミッドシップスーパーカーの始祖として君臨し、
当時のフェラーリを、コンセプトでもスタイリングでも性能でも
大きく凌駕していたのです。
そして、ミウラのファイナルバージョンである
P400SVは1971年にデビュー。
SVの最高出力は385psで、当時としては
驚異的なリッター100psに近いパワーユニットにまで
上り詰めていました。
その後、ミウラはその後継モデル、
カウンタックへと1974年にバトンタッチされ、
カウンタックもまたベルトーネデザインによるもので、
ハンドメイドで仕上げられた超未来的なデザインのボディの美しさは、
今でも、その新鮮さは色あせません。
カウンタックは、フェラーリに対向すべく総力を結集した最高傑作で
採算性を度外視してつくらせた意地の産物でした。
しかし、
「エンツォ・フェラーリ」はどんな些細な反逆も許さない。
カウンタックのカタログには
最高速度300km/hが記載されていましたが、
カウンタックよりも遅れて発表された
「フェラーリ365GT4/BB」のカタログには
「最高速度302km/h」の文字が印刷されました。
「フェラーリが本気でランボルギーニを意識した」
と言えるわけです。
カウンタックは、
デビュー年の1974年から1990年までの16年間続き、
その完成度の高さを世に知らしめました。
1990年にカウンタックからディアブロへと更にバトンが渡され、
1996年に500psにパワーアップされ
ミウラのファイナルバージョンに付けられていた
「SV」の称号が与えられました。
SVは最終的に530psまでパワーアップされました。
フェルツィオ・ランボルギーニの時代から、
クライスラーへと親会社が変わりながらも、
常にその圧倒的な存在感を失わなかったランボルギーニの歴史が、
このディアブロのリアエンブレムに刻まれています。

今年2006年1月8日に開幕したデトロイトショー
(北米国際自動車ショー)に
「ランボルギーニ ミウラ コンセプト」が出展されました。
今年発表されたクルマにも関わらず、
デザインは30年前のミウラとほとんど変更がありません。
当時のデザインが、どれほど完成度の高いデザインだったか
ということが分かると思います。
ちなみに、
現在のランボルギーニの親会社は「アウディ」。
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