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他人事

原発がどんなものか知ってほしい(全) 平井憲夫

私は原発反対運動家ではありません
20年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか危険だとか安全だとか色んな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んで頂くと原発が皆さんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み大変な差別をつくっているものでもある事がよく分かると思います。
初めて聞かれる話も多いと思います。どうか、最後まで読んで、それから、原発をどうしたらいいか皆さんで考えられたらいいと思います。原発について設計の話をする人は沢山いますが私のように施工、造る話をする人がいないのです。しかし、現場を知らないと原発の本当の事は分かりません。
私はプラント、大きな化学製造工場等の配管が専門です。20代の終わり頃、日本に原発を造るというのでスカウトされて原発に行きました。一作業負だったら何十年いても分かりませんが現場監督として長く働きましたから原発の中の事はほとんど知っています。

「安全」は机上の話
去年(1995年)の1月17日に阪神大震災が起きて、国民の中から「地震で原発が壊れたりしないか」という不安の声が高くなりました。原発は地震で本当に大丈夫か、と。しかし、決して大丈夫ではありません。国や電力会社は耐震設計を考え固い岩盤の上に建設されているので安全だと強調していますが、これは机上の話です。
この地震の次の日、私は神戸に行ってみて余りにも原発との共通点の多さに改めて考えさせられました。まさか新幹線の線路が落下したり高速道路が横倒しになるとは、それまで国民のだれ1人考えてもみなかったと思います。
世間一般に、原発や新幹線、高速道路等は官庁検査によって厳しい検査が行われていると思われています。しかし、新幹線の橋脚部のコンクリートの中には型枠の木片が入っていたし高速道路の支柱の鉄骨の溶接は溶け込み不良でした。一見、溶接がされているように見えていても溶接そのものがなされていなくて溶接部が全部はずれてしまっていました。
何故、このような事が起きてしまったのでしょうか。その根本は、余りにも机上の設計ばかりに重点を置いていて、現場の施工、管理を怠った為です。それが直接の原因ではなくても、このような事故が起きてしまうのです。

素人が造る原発
原発でも、原子炉の中に針金が入っていたり配管の中に道具や工具を入れたまま配管をつないでしまったり、いわゆる人が間違える事故、ヒューマンエラーがあまりにも多すぎます。それは現場にブロの職人が少なく、いくら設計が立派でも設計通りには造られていないからです。机上の設計の議論は最高の技量を持った職人が施工することが絶対条件です。しかし、原発を造る人がどんな技量を持った人であるのか現場がどうなっているのかという議論は1度もされた事がありません。
原発にしろ建設現場にしろ作業者から検査官まで総素人によって造られているのが現実ですから、原発や新幹線、高速道路がいつ大事故を起こしても不思議ではないのです。
日本の原発の設計も優秀で、二重、三重に多重防護されていて、何処かで故障が起きるとちゃんと止まるようになっています。しかし、これは設計の段階までです。施工、造る段階でおかしくなってしまっているのです。
仮に、自分の家を建てる時に立派な一級建築士に設計をしてもらっても大工や左官屋の腕が悪かったら雨漏りはする、建具は合わなくなったりしますが、残念ながら、これが日本の原発なのです。
一昔前までは現場作業には、棒心(ぼうしん)と呼ばれる職人、現場の若い監督以上の経験を積んだ職人が班長として必ずいました。職人は自分の仕事にプライドを持っていて事故や手抜きは恥だと考えていましたし事故の恐ろしさもよく知っていました。それが十年くらい前から、現場に職人がいなくなりました。全くの素人を経験不問という形で募集しています。素人は事故の怖さを知らない、何が不正工事やら手抜きかも全く知らないで作業しています。それが今の原発の実情です。
例えば、東京電力の福島原発では針金を原子炉の中に落としたまま運転していて、1歩間違えば世界中を巻き込むような大事故になっていたところでした。本人は針金を落とした事は知っていたのに、それがどれだけの大事故につながるかの認識は全然なかったのです。そういう意味では老朽化した原発も危ないのですが、新しい原発も素人が造るという意味で危ないのは同じです。
現場に職人が少なくなってから素人でも造れるように工事がマニュアル化されるようになりました。マニュアル化というのは図面を見て作るのではなく工場である程度組み立てた物を持ってきて、現場で1番と1番、2番と2番というように、ただ積木を積み重ねるようにして合わせていくんです。そうすると、今、自分が何をしているのか、どれほど重要な事をしているのか、全く分からないままに造っていく事になるのです。こういう事も、事故や故障が頻繁に起こるようになった原因の1つです。

また、原発には放射能の被曝の問題があって後継者を育てる事が出来ない職場なのです。原発の作業現場は暗くて暑いし防護マスクも付けていて互いに話をする事も出来ないような所ですから身振り手振りなんです。これではちゃんとした技術を教える事が出来ません。それに、いわゆる腕の良い人ほど年問の許容線量を先に使ってしまって中に入れなくなります。だから、余計に素人でも良いという事になってしまうんです。
また、例えば、溶接の職人ですと目がやられます。30歳過ぎたらもうダメで細かい仕事が出来なくなります。そうすると、細かい仕事が多い石油プラント等では使いものになりませんから、だったら、まあ、日当が安くても原発の方にでも行こうかなあという事になります。
皆さんは何か勘違いしていて、原発というのはとても技術的に高度なものだと思い込んでいるかも知れないけれど、そんな高級なものではないのです。
ですから、素人が造る原発という事で原発はこれから先、本当にどうしようもなくなってきます。

名ばかりの検査・検査官
原発を造る職人がいなくなっても検査をきっちりやれば良いという人がいます。しかし、その検査体制が問題なのです。出来上がった物を見るのが日本の検査ですから、それではダメなのです。検査は施工の過程を見る事が重要なのです。
検査官が溶接なら溶接を「そうではない。よく見ていなさい。このようにするんだ。」と自分でやって見せる技量がないと本当の検査にはなりません。そういう技量の無い検査官にまともな検査が出来るわけがないのです。メーカーや施主の説明を聞き書類さえ整っていれば合格とする。これが今の官庁検査の実態です。
原発の事故があまりにも頻繁に起き出した頃に、運転管理専門官を各原発に置く事が閣議で決まりました。原発の新設や定検(定期検査)の後の運転の許可を出す役人です。私もその役人が素人だとは知っていましたが、ここまで酷いとは知らなかったです。
…というのは、水戸で講演をしていた時、会場から「実は恥ずかしいんですが、まるっきり素人です。」と、科技庁(科学技術庁)の者だとはっきり名乗って発言した人がいました。その人は「自分たちの職場の職員は、被曝するから絶対に現場に出さなかった。折から行政改革で農水省の役人が余っているというので、昨日まで養蚕の指導をしていた人やハマチ養殖の指導をしていた人を、次の日には専門検査官として赴任させた。そういう何にも知らない人が原発の専門検査官として運転許可を出した。美浜原発にいた専門官は三か月前までは、お米の検査をしていた人だった。」と、その人たちの実名を挙げて話してくれました。このように全くの素人が出す原発の運転許可を信用出来ますか。
東京電力の福島原発で、緊急炉心冷却装置(ECCS)が作動した大事故が起きた時、読売新聞が「現地専門官カヤの外」と報道していましたが、その人は、自分の担当している原発で大事故が起きた事を次の日の新聞で知ったのです。何故、専門官が何も知らなかったのか。それは、電力会社の人は専門官が全くの素人である事を知っていますから火事場のような騒ぎの中で子供に教えるようにいちいち説明する時間がなかったのです。その為に、その人を現場にも入れないで放って置いたのです。だから何も知らなかったのです。
そんないい加減な人の下に原子力検査協会の人がいます。この人がどんな人かというと、この協会は通産省を定年退職した人の天下り先ですから全然畑違いの人です。この人が原発の工事のあらゆる検査の権限を持っていて、この人のOKが出ないと仕事が進まないのですが検査の事は何も知りません。ですから、検査と言ってもただ見に行くだけです。けれども大変な権限を持っています。この協会の下に電力会社があり、その下に原子炉メーカーの日立・東芝・三菱の三社があります。私は日立にいましたが、このメーカーの下に工事会社があるんです。つまり、メーカーから上も素人、その下の工事会社もほとんど素人という事になります。だから、原発の事故の事も電力会社ではなくメー力-でないと詳しい事は分からないのです。
私は現役の頃も辞めてからもずっと言っていますが、天下りや特殊法人ではなく本当の第三者的な機関、通産省は原発を推進しているところですから、そういう所と全く関係のない機関を作って、その機関が検査をする。そして、検査官は配管の事など経験を積んだ人、現場の叩き上げの職人が検査と指導を行えば、溶接の不具合や手抜き工事も見抜けるからと一生懸命に言ってきましたが、未だに何も変わっていません。このように日本の原発行政は余りにも無責任でお粗末なものなんです。

いいかげんな原発の耐震設計
阪神大震災後に慌ただしく日本中の原発の耐震設計を見直して、その結果を9月に発表しましたが「どの原発も、どんな地震が起きても大丈夫。」という呆れたものでした。私が関わった限り、初めのころの原発では地震の事など真面目に考えていなかったのです。それを新しいのも古いのも一緒くたにして、大丈夫だなんて、とんでもない事です。
1993年に、女川原発の一号機が震度4くらいの地震で出力が急上昇して自動停止した事がありましたが、この事故は大変な事故でした。なぜ大変だったかというと、この原発では1984年に震度5で止まるような工事をしているのですが、それが震度5ではないのに止まったんです。
わかりやすく言うと、高速道路を運転中、ブレーキを踏まないのに、突然、急ブレーキがかかって止まったと同じ事なんです。これは、東北電力が言うように、止まったから良かった、というような簡単な事ではありません。5で止まるように設計されている物が4で止まったという事は、5では止まらない可能性もあるという事なんです。つまり、いろんな事が設計通りにいかないという事の現れなんです。
こういう地震で異常な止まり方をした原発は1987年に福島原発でも起きていますが同じ型の原発が全国で10もあります。これは地震と原発の事を考える時、非常に恐ろしい事ではないでしょうか。

定期点検工事も素人が
原発は1年くらい運転すると必ず止めて検査をする事になっていて、定期検査、定検といっています。
原子炉には70気圧とか、150気圧とかいうもの凄い圧力がかけられていて、配管の中には水が、水といっても300℃もある熱湯ですが水や水蒸気がすごい勢いで通っていますから、配管の厚さが半分くらいに薄くなってしまう所もあるのです。そういう配管とかバルブとかを定検でどうしても取り替えなくてはならないのですがこの作業に必ず被曝が伴うわけです。
原発は1回動かすと、中は放射能、放射線でいっぱいになりますから、その中で人間が放射線を浴びながら働いているのです。そういう現場へ行くのには自分の服を全部脱いで防護服に着替えて入ります。防護服というと放射能から体を守る服のように聞こえますが、そうではないんですよ。放射線の量を計るアラームメーターは防護服の中のチョッキに付けているんですから。つまり、防護服は放射能を外に持ち出さない為の単なる作業着です。作業している人を放射能から守るものではないのです。だから、作業が終わって外に出る時にはパンツ1枚になって、被曝していないかどうか検査をするんです。体の表面に放射能がついている、いわゆる外部被曝ですとシャワーで洗うと大体流せますから、放射能がゼロになるまで徹底的に洗ってから、やっと出られます。
また、安全靴といって備付けの靴に履き替えますが、この靴もサイズが自分の足にきちっと合うものはありませんから、大事な働く足元がちゃんと定まりません。それに放射能を吸わないように全面マスクを付けたりします。そういう格好で現場に入り放射能の心配をしながら働くわけですから、実際、原発の中ではいい仕事は絶対に出来ません。普通の職場とは全く違うのです。
そういう仕事をする人が95%以上まるっきりの素人です。お百姓や漁師の人が自分の仕事が暇な冬場などにやります。言葉は悪いのですが、いわゆる出稼ぎの人です。そういう経験のない人が怖さを全く知らないで作業をするわけです。
例えば、ボルトをネジで締める作業をする時「対角線に締めなさい、締めないと漏れるよ。」と教えますが、作業する現場は放射線管理区域ですから放射能がいっぱいあって最悪な所です。作業現場に入る時はアラームメーターをつけて入りますが、現場は場所によって放射線の量が違いますから作業の出来る時間が違います。分刻みです。
現場に入る前にその日の作業と時間、時間というのは、その日に浴びてよい放射能の量で時間が決まるわけですが、その現場が20分間作業が出来る所だとすると20分経つとアラ-ムメーターが鳴るようにしてある。だから「アラームメーターが鳴ったら現場から出なさいよ。」と指示します。でも現場には時計がありません。時計を持って入ると時計が放射能で汚染されますから腹時計です。そうやって現場に行きます。
そこではボルトをネジで締めながら、もう10分は過ぎたかな、15分は過ぎたかなと、頭はそっちの方にばかり行きます。アラームメーターが鳴るのが怖いですから。アラームメーターというのはビーッととんでもない音がしますので、初めての人はその音が鳴ると顔から血の気が引くくらい怖いものです。これは経験した者でないと分かりません。ビーッと鳴ると、レントゲンなら何十枚もいっぺんに写したくらいの放射線の量に当たります。
ですからネジを対角線に締めなさいと言っても、言われた通りには出来なくて、ただ締めればいいと、どうしてもいい加滅になってしまうのです。すると、どうなりますか。

放射能垂れ流しの海
冬に定検工事をする事が多いのですが、定検が終わると海に放射能を含んだ水が何十トンも流れてしまうのです。はっきり言って、今、日本列島で取れる魚で安心して食べられる魚はほとんどありません。日本の海が放射能で汚染されてしまっているのです。
海に放射能で汚れた水をたれ流すのは定検の時だけではありません。原発は凄い熱を出すので日本では海水で冷やして、その水を海に捨てていますが、これが放射能を含んだ温排水で1分間に何十トンにもなります。
原発の事故があっても県などが慌てて安全宣言を出しますし電力会社はそれ以上に隠そうとします。それに、国民もほとんど無関心ですから日本の海は汚れっぱなしです。
防護服には放射性物質がいっぱいついていますから、それを最初は水洗いして全部海に流しています。排水口で放射線の量を計ると凄い量です。こういう所で魚の養殖をしています。安全な食べ物を求めている人たちは、こういう事も知って、原発にもっと関心をもって欲しいものです。このままでは放射能に汚染されていない物を選べなくなると思いますよ。
数年前の石川県の志賀原発の差止め裁判の報告会で、80歳近い行商をしているお婆さんが、こんな話をしました。
「私は今まで原発の事を知らなかった。今日、昆布とワカメをお得意さんに持っていったら、そこの若奥さんに「悪いけどもう買えないよ、今日で終わりね。志賀原発が運転に入ったから。」って言われた。原発の事は何も分からないけど、初めて実感として原発の事が分かった。どうしたらいいのか?」って途方にくれていました。皆さんの知らないところで日本の海が放射能で汚染され続けています。

内部被爆が一番怖い
原発の建屋の中は全部の物が放射性物質に変わってきます。物が全て放射性物質になって放射線を出すようになるのです。どんなに厚い鉄でも放射線が突き抜けるからです。体の外から浴びる外部被曝も怖いですが、一番怖いのは内部被曝です。
ホコリ、何処にでもあるチリとかホコリ。原発の中ではこのホコリが放射能をあびて放射性物質となって飛んでいます。この放射能をおびたホコリが口や鼻から入ると、それが内部被曝になります。原発の作業では片付けや掃除で一番内部被曝をしますが、この体の中から放射線を浴びる内部被曝の方が外部被曝よりもずっと危険なのです。体の中から直接放射線を浴びるわけですから。
体の中に入った放射能は、通常は、3日くらいで汗や小便と一緒に出てしまいますが、3日なら3日、放射能を体の中に置いたままになります。また、体から出るといっても人間が勝手に決めた基準ですから決して0にはなりません。これが非常に怖いのです。どんなに微量でも体の中に蓄積されていきますから。
原発を見学した人なら分かると思いますが、一般の人が見学できるところは、とても綺麗にしてあって、職員も「きれいでしょう」と自慢そうに言っていますが、それは当たり前なのです。綺麗にしておかないと放射能のホコリが飛んで危険ですから。
私はその内部被曝を百回以上もして癌になってしまいました。癌の宣告を受けた時、本当に死ぬのが怖くて怖くてどうしようかと考えました。でも、私の母が何時も言っていたのですが、「死ぬより大きい事はないよ」と。じゃ死ぬ前に何かやろうと。原発の事で、私が知っている事を全て明るみに出そうと思ったのです。

普通の職場環境とは全く違う
放射能というのは蓄積します。いくら徴量でも10年なら10年分が蓄積します。これが怖いのです。日本の放射線管理というのは、年間50ミリシーベルトを守ればいい、それを越えなければいいという姿勢です。
例えば、定検工事ですと3ケ月くらいかかりますから、それで割ると1日分が出ます。でも、放射線量が高いところですと、1日に5分から7分間しか作業が出来ない所もあります。しかし、それでは全く仕事になりませんから、3日分とか1週間分をいっぺんに浴びせながら作業をさせるのです。これは絶対にやってはいけない方法ですが、そうやって10分間なり20分間なりの作業が出来るのです。
そんな事をすると白血病とか癌になると知ってくれていると、まだ良いのですが……。電力会社はこういう事を一切教えません。
稼動中の原発で機械に付いている大きなネジが一本緩んだ事がありました。動いている原発は放射能の量が物凄いですから、その1本のネジを締めるのに働く人30人を用意しました。
一列に並んで、ヨーイドンで7mくらい先にあるネジまで走って行きます。行って、1、2、3と数えるくらいで、もうアラームメーターがビーッと鳴る。中には走って行って「ネジを締めるスパナはどこにあるんだ?」と言ったら、もう終わりの人もいる。ネジをたった一山、二山、三山締めるだけで百六十人分、金額で400万円くらいかかりました。
「何故、原発を止めて修理しないのか?」と疑問に思われるかも知れませんが、原発を1日止めると何億円もの損になりますから電力会社は出来るだけ止めないのです。放射能というのは非常に危険なものですが、企業というものは人の命よりもお金なのです。

「絶対安全」だと五時間の洗脳教育
原発など放射能のある職場で働く人を放射線従事者といいます。日本の放射線従事者は今までに約27万人ですが、そのほとんどが原発作業者です。今も9万人くらいの人が原発で働いています。その人たちが年1回行われる原発の定検工事などを、毎日、毎日、被曝しながら支えているのです。
原発で初めて働く作業者に対し放射線管理教育を約五時間かけて行います。この教育の最大の目的は不安の解消の為です。原発が危険だとは一切教えません。国の被曝線量で管理しているので絶対大丈夫なので安心して働きなさい。
世間で原発反対の人たちが、放射能で癌や白血病に冒されると言っているが、あれは“マッカナ、オオウソ”である、国が決めた事を守っていれば絶対に大丈夫だと、5時間かけて洗脳します。  
こういう「原発安全」の洗脳を電力会社は地域の人にも行っています。有名人を呼んで講演会を開いたり、文化サークルで料理教室をしたり、カラー印刷の立派なチラシを新聞折り込みしたりして。だから、事故があって、ちょっと不安に思ったとしても、そういう安全宣伝にすぐに洗脳されてしまって「原発がなくなったら、電気がなくなって困る。」と思い込むようになるのです。
私自身が20年近く現場の責任者として働く人にオウムの麻原以上のマインド・コントロール「洗脳教育」をやって来ました。何人殺したかわかりません。皆さんから「現場で働く人は不安に思っていないのか?」と良く聞かれますが、放射能の危険や被曝の事は一切知らされていませんから、不安だとは大半の人は思っていません。
体の具合が悪くなっても、それが原発のせいだとは全然考えもしないのです。作業者全員が毎日被曝をする。それをいかに本人や外部に知られないように処理するかが責任者の仕事です。本人や外部に被曝の問題が漏れるようでは現場責任者は失格なのです。これが原発の現場です。
私はこのような仕事を長くやっていて毎日が居たたまれない日も多く、夜は酒の力をかり酒量が日毎に増していきました。そうした自分自身に問いかける事も多くなっていました。「一体何の為に、誰の為に、このような嘘の毎日を過ごさねばならないのか?」と。気がついたら20年の原発労働で私の体も被曝でボロボロになっていました。

だれが助けるのか
また、東京電力の福島原発で現場作業員がグラインダーで額(ひたい)を切って、大怪我をした事がありました。血が吹き出ていて一刻を争う大怪我でしたから直ぐに救急車を呼んで運び出しました。
ところが、その怪我人は放射能まみれだったのです。でも、電力会社も慌てていたので、防護服を脱がせたり、体を洗ったりする除洗をしなかった。救急隊員にも放射能汚染の知識が全くなかったので、その怪我人は放射能の除洗をしないままに、病院に運ばれてしまったんです。
だから、その怪我人を触った救急隊員が汚染される、救急車も汚染される、医者も看護婦さんも、その看護婦さんが触った他の患者さんも汚染される。その患者さんが外へ出て、また汚染が広がるという風に、町中がパニックになる程の大変な事態になってしまいました。
皆が大怪我をして出血の酷い人を何とか助けたいと思って必死だっただけで放射能は全く見えませんから、その人が放射能で汚染されている事なんか誰も気が付かなかったんですよ。
1人でもこんなに大変なんです。それが仮に大事故が起きて大勢の住民が放射能で汚染された時、一体どうなるのでしょうか。想像できますか。他人事ではないのです。この国の人、皆の問題です。

びっくりした美浜原発細管破断事故!
皆さんが知らないのか無関心なのか日本の原発はびっくりするような大事故を度々起こしています。スリーマイル島とかチェルノブイリに匹敵する大事故です。1989年に東京電力の福島第二原発で再循環ポンプがバラバラになった大事故も世界で初めての事故でした。
そして、1991年2月に関西電力の美浜原発で細管が破断した事故は、放射能を直接に大気中や海へ大量に放出した大事故でした。
チェルノブイリの事故の時には私はあまり驚かなかったんですよ。原発を造っていて、そういう事故が必ず起こると分かっていましたから。だから、「ああ、たまたまチェルノブイリで起きたと、たまたま日本ではなかった。」と思ったんです。しかし、美浜の事故の時はもうびっくりして足がガクガクふるえて椅子から立ち上がれない程でした。
この事故はECCS(緊急炉心冷却装置)を手動で動かして原発を止めたという意味で重大な事故だったんです。ECCSというのは原発の安全を守るための最後の砦に当たります。これが効かなかったらお終りです。だから、ECCSを動かした美浜の事故というのは1億数千万人の人を乗せたバスが高速道路を100キロのスピードで走っているのに、ブレーキも効かない、サイドブレーキも効かない、崖にぶつけてやっと止めた。というような大事故だったんです。
原子炉の中の放射能を含んだ水が海へ流れ出て、炉が空焚きになる寸前だったのです。日本が誇る多重防護の安全弁が次々と効かなくて、後0.7秒でチェルノブイリになるところだった。それも、土曜日だったのですが、たまたまベテランの職員が来ていて自動停止するはずが停止しなくて、その人がとっさの判断で手動で止めて世界を巻き込むような大事故に至らなかったのです。日本中の人が、いや世界中の人が本当に運がよかったのですよ。
この事故は、2mmくらいの細い配管についている触れ止め金具、何千本もある細管が振動で触れ合わないようにしてある金具が設計通りに入っていなかったのが原因でした。施工ミスです。その事が20年近い何回もの定検でも見つからなかったんですから定検のいい加減さがばれた事故でもあった。
入らなければ切って捨てる、合わなければ引っ張るという、設計者がまさかと思うような事が、現場では当たり前に行われているという事が分かった事故でもあったんです。

もんじゅの大事故
去年(1995年)の12月8日に、福井県の敦賀にある動燃(動力炉・核燃料開発事業団)のもんじゅでナトリウム漏れの大事故を起こしました。もんじゅの事故はこれが初めてではなく、それまでにも度々事故を起こしていて、私は建設中に6回も呼ばれて行きました。
というのは、所長とか監督とか職人とか元の部下だった人たちがもんじゅの担当もしているので、何か困った事があると私を呼ぶんですね。もう会社を辞めていましたが原発だけは事故が起きたら取り返しがつきませんから放っては置けないので行くのです。
ある時、電話がかかって「配管がどうしても合わないから来てくれ」という。行ってみますと特別に作った配管も既製品の配管もすべて図面どおり寸法通りになっている。でも、合わない。どうして合わないのか色々考えましたが、なかなか分からなかった。
一晩考えてようやく分かりました。もんじゅは、日立、東芝、三菱、富士電機などの寄せ集めのメーカーで造ったもので、それぞれの会社の設計基準が違っていたのです。
図面を引く時に、私が居た日立は0.5mm切り捨て、東芝と三菱は0.5mm切上げ、日本原研は0.5mm切下げなんです。たった0.5mmですが、百カ所も集まると大変な違いになるのです。だから、数字も線も合っているのに合わなかったのですね。
これではダメだという事で、みんな作り直させました。何しろ国の威信がかかっていますからお金は掛けるんです。
どうしてそういう事になるかというと、それぞれのノウ・ハウ、企業秘密という事があって、全体で話し合いをして、この0.5mmについて、切り上げるか、切り下げるか、どちらかに統一しようというような話し合いをしていなかったのです。今回のもんじゅの事故の原因となった温度センサーにしてもメーカー同士での話し合いもされていなかったんではないでしょうか。
どんなプラントの配管にも、あのような温度計がついていますが、私はあんなに長いのは見た事がありません。おそらく施工した時に危ないと分かっていた人がいたはずなんですね。でも、よその会社の事だからほっとけばいい、自分の会社の責任ではないと。
動燃自体が電力会社からの出向で出来た寄せ集めですが、メーカーも寄せ集めなんです。これでは事故は起こるべくして起こる事故が起きないほうが不思議なんで起こって当たり前なんです。
しかし、こんな重大事故でも国は「事故」と言いません。美浜原発の大事故の時と同じように「事象があった」と言っていました。私は事故の後、直ぐに福井県の議会から呼ばれて行きました。あそこには15基も原発がありますが誘致したのは自民党の議員さんなんですね。だから、私はそういう人に何時も「事故が起きたらあなた方のせいだよ、反対していた人には責任はないよ。」と言ってきました。
この度、その議員さんたちに呼ばれたのです。「今回は腹を据えて動燃とケンカする、どうしたらよいか教えて欲しい。」と相談を受けたのです。
それで、私がまず最初に言った事は、「これは事故なんです、事故。事象というような言葉に誤魔化されちゃあダメだよ。」と言いました。
県議会で動燃が「今回の事象は……」と説明を始めたら、「事故だろ! 事故!」と議員が叫んでいたのが、テレビで写っていましたが、あれも、黙っていたら、軽い「事象」という事にされていたんです。地元の人たちだけではなく私たちも向こうの言う「事象」というような軽い言葉に誤魔化されてはいけないんです。
普通の人にとって「事故」というのと「事象」というのとでは捉え方がまったく違います。この国が事故を事象などと言い換えるような姑息な事をしているので日本人には原発の事故の危機感がほとんどないのです。

日本のプルトニウムがフランスの核兵器に?
もんじゅに使われているプルトニウムは、日本がフランスに再処理を依頼して抽出したものです。再処理というのは、原発で燃やしてしまったウラン燃料の中に出来たプルトニウムを取り出す事ですが、プルトニウムはそういうふうに人工的にしか作れないものです。
そのプルトニウムがもんじゅには約1.4トンも使われています。長崎の原爆は約8キロだったそうですが、一体、もんじゅのプルトニウムでどのくらいの原爆ができますか。それに、どんなに微量でも肺癌を起こす猛毒物質です。半減期が2万4000年もあるので永久に放射能を出し続けます。だから、その名前がプルートー、地獄の王という名前からつけられたように、プルトニウムはこの世で一番危険なものといわれるわけですよ。
しかし、日本のプルトニウムが去年(1995年)南太平洋でフランスが行った核実験に使われた可能性が大きい事を知っている人は余りいません。フランスの再処理工場ではプルトニウムを作るのに核兵器用も原発用も区別がないのです。だから、日本のプルトニウムが、この時の核実験に使われてしまった事はほとんど間違いありません。
日本がこの核実験に反対をきっちり言えなかったのには、そういう理由があるからです。もし、日本政府が本気でフランスの核実験を止めさせたかったら簡単だったのです。つまり、再処理の契約を止めればよかったんです。でも、それをしなかった。
日本とフランスの貿易額で二番目に多いのは、この再処理のお金なんですよ。国民はそんな事も知らないで、いくら「核実験に反対、反対。」といっても仕方がないんじゃないでしょうか。それに唯一の被爆国といいながら、日本のプルトニウムがタヒチの人々を被爆させ、綺麗な海を放射能で汚してしまったに違いありません。
世界中が諦めたのに、日本だけはまだこんなもので電気を作ろうとしているんです。普通の原発で、ウランとプルトニウムを混ぜた燃料(MOX燃料)を燃やす、いわゆるプルサーマルをやろうとしています。しかし、これは非常に危険です。分かりやすくいうと、石油ストーブでガソリンを燃やすような事なんです。
原発の元々の設計がプルトニウムを燃すようになっていません。プルトニウムは核分裂の力がウランとはケタ違いに大きいんです。だから原爆の材料にしているわけですから。
いくら資源がない国だからといっても、あまりに酷すぎるんじゃないでしょうか。早く原発を止めてプルトニウムを使うなんて事も止めなければ、あちこちで被曝者が増えていくばかりです。

日本には途中でやめる勇気がない
世界では原発の時代は終わりです。原発の先進国のアメリカでは、2月(1996年)に2015年までに原発を半分にすると発表しました。それに、プルトニウムの研究も大統領命令で止めています。あんなに怖い物、研究さえ止めました。
もんじゅのようにプルトニウムを使う原発、高速増殖炉も、アメリカはもちろんイギリスもドイツも止めました。ドイツは出来上がったのを止めて、リゾートパークにしてしまいました。
世界の国がプルトニウムで発電するのは不可能だと分かって止めたんです。日本政府も今度のもんじゅの事故で「失敗した」と思っているでしょう。でも、まだ止めない。これからもやると言っています。
どうして日本が止めないかというと日本にはいったん決めたことを途中で止める勇気がないからで、この国が途中で止める勇気がないというのは非常に怖いです。みなさんもそんな例は山ほどご存じでしょう。
とにかく日本の原子力政策はいい加減なのです。日本は原発を始める時から、後の事は何にも考えていなかった。「その内に何とかなるだろう」と。そんないい加減なことでやってきたんです。そうやって何十年もたった。でも、廃棄物1つの事さえ、どうにも出来ないんです。
もう1つ、大変な事は、今までは大学に原子力工学科があって、それなりに学生がいましたが、今は若い人たちが原子力から離れてしまい、東大をはじめ、ほとんどの大学からなくなってしまいました。
机の上で研究する大学生さえいなくなったのです。
また、日立と東芝にある原子力部門の人も3分の1に減って、コ・ジェネレーション(電気とお湯を同時に作る効率のよい発電設備)のガス・タービンの方へ行きました。メーカーでさえ原子力はもう終わりだと思っているのです。
原子力局長をやっていた島村武久さんという人が退官して『原子力談義』という本で、「日本政府がやっているのは、ただのつじつま合わせに過ぎない、電気が足りないのでも何でもない。あまりに無計画にウランとかプルトニウムを持ちすぎてしまったことが原因です。はっきりNOといわないから持たされてしまったのです。そして日本はそれらで核兵器を作るんじゃないかと世界の国々から見られる、その疑惑を否定する為に核の平和利用、つまり、原発をもっともっと造ろうという事になるのです。」と書いていますが、これもこの国の姿なんです。

廃炉も解体も出来ない原発
1966年に、日本で初めてイギリスから輸入した16万kwの営業用原子炉が茨城県の東海村で稼動しました。その後はアメリカから輸入した原発で、途中で自前で造るようになりましたが、今では、この狭い日本に135万kwというような巨大な原発を含めて51の原発が運転されています。
具体的な廃炉・解体や廃棄物の事など考えないままに動かし始めた原発ですが、厚い鉄でできた原子炉も大量の放射能をあびるとボロボロになるんです。だから、最初、耐用年数は10年だと言っていて、10年で廃炉、解体する予定でいました。しかし、1981年に10年たった東京電力の福島原発の1号機で、当初考えていたような廃炉・解体が全然出来ない事が分かりました。この事は国会でも原子炉は核反応に耐えられないと問題になりました。
この時、私も加わってこの原子炉の廃炉、解体についてどうするか、毎日のように、ああでもない、こうでもないと検討をしたのですが、放射能だらけの原発を無理やりに廃炉、解体しようとしても、造る時の何倍ものお金がかかる事や、どうしても大量の被曝が避けられない事など、どうしようもない事が分かったのです。原子炉のすぐ下の方では、決められた線量を守ろうとすると、たった十数秒くらいしかいられないんですから。
机の上では何でも出来ますが、実際には人の手でやらなければならないのですから、とんでもない被曝を伴うわけです。ですから、放射能が0にならないと何にも出来ないのです。放射能がある限り廃炉、解体は不可能なのです。人間に出来なければロボットでという人もいます。でも、研究はしていますがロボットが放射能で狂ってしまって使えないのです。
結局、福島の原発では、廃炉にする事が出来ないというので、原発を売り込んだアメリカのメーカーが自分の国から作業者を送り込み、日本では到底考えられない程の大量の被曝をさせて原子炉の修理をしたのです。今でもその原発は動いています。
最初に耐用年数が10年といわれていた原発が、もう30年近く動いています。そんな原発が11もある。くたびれてヨタヨタになっても動かし続けていて私は心配でたまりません。
また、神奈川県の川崎にある武蔵工大の原子炉はたった100kwの研究炉ですが、これも放射能漏れを起こして止まっています。机上の計算では、修理に20億円、廃炉にするには60億円もかかるそうですが、大学の年間予算に相当するお金をかけても廃炉には出来ないのです。まず停止して放射能がなくなるまで管理するしかないのです。
それが100万kwというような大きな原発ですと本当にどうしようもありません。

「閉鎖」して、監視・管理
何故、原発は廃炉や解体が出来ないのでしょうか。それは、原発は水と蒸気で運転されているものなので運転を止めてそのままに放置しておくとすぐサビが来てボロボロになって穴が開いて放射能が漏れてくるからです。原発は核燃料を入れて1回でも運転すると放射能だらけになって止めたままにしておく事も、廃炉、解体する事も出来ないものになってしまうのです。
先進各国で、閉鎖した原発は数多くあります。廃炉、解体が出来ないので、みんな「閉鎖」なんです。閉鎖とは発電を止めて核燃料を取り出しておく事ですが、ここからが大変です。
放射能まみれになってしまった原発は発電している時と同じように水を入れて動かし続けなければなりません。水の圧力で配管が薄くなったり部品の具合が悪くなったりしますから定検もしてそういう所の補修をし放射能が外に漏れださないようにしなければなりません。放射能が無くなるまで発電している時と同じように監視し、管理をし続けなければならないのです。 
今、運転中が51、建設中が3、全部で54の原発が日本列島を取り巻いています。これ以上運転を続けると余りにも危険な原発もいくつかあります。この他に大学や会社の研究用の原子炉もありますから、日本には今、小さいのは100kw、大きいのは135万kw、大小合わせて76もの原子炉がある事になります。
しかし、日本の電力会社が、電気を作らない、金儲けにならない閉鎖した原発を本気で監視し続けるか大変疑問です。それなのに、更に、新規立地や増設を行おうとしています。その中には、東海地震のことで心配な浜岡に5機目の増設をしようとしていたり、福島ではサッカー場と引換えにした増設もあります。
新設では新潟の巻町や三重の芦浜、山口の上関、石川の珠洲、青森の大間や東通などいくつもあります。それで、2010年には70~80基にしようと。実際、言葉は悪いですが、この国は狂っているとしか思えません。
これから先、必ずやってくる原発の閉鎖、これは本当に大変深刻な問題です。近い将来、閉鎖された原発が日本国中いたるところに出現する。これは不安というより不気味です。ゾーとするのは私だけでしょうか。

どうしようもない放射性廃棄物
それから、原発を運転すると必ず出る核のゴミ、毎日、出ています。低レベル放射性廃棄物、名前は低レベルですが、中にはこのドラム缶の側に5時間もいたら、致死量の被曝をするようなものもあります。そんなものが全国の原発で約80万本以上溜まっています。
日本が原発を始めてから1969年までは何処の原発でも核のゴミはドラム缶に詰めて近くの海に捨てていました。その頃はそれが当たり前だったのです。私が茨城県の東海原発にいた時、業者はドラム缶をトラックで運んでから船に乗せて千葉の沖に捨てに行っていました。
しかし、私が原発はちょっとおかしいぞと思ったのは、この事からでした。海に捨てたドラム缶は1年も経つと腐ってしまうのに中の放射性のゴミはどうなるのだろうか?魚はどうなるのだろうか?と思ったのが始めでした。
現在は原発のゴミは、青森の六ケ所村へ持って行っています。全部で300万本のドラム缶をこれから300年間管理すると言っていますが、一体、300年も保つドラム缶があるのか、廃棄物業者が300年間も続くのかどうか。どうなりますか。
もう1つの高レベル廃棄物、これは使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出した後に残った放射性廃棄物です。日本はイギリスとフランスの会社に再処理を頼んでいます。去年(1995年)フランスから、28本の高レベル廃棄物として返ってきました。これはどろどろの高レベル廃棄物をガラスと一緒に固めて金属容器に入れたものです。この容器の側に2分間いると死んでしまうほどの放射線を出すそうですが、これを一時的に青森県の六ケ所村に置いて、30年から50年間くらい冷やし続け、その後、どこか他の場所に持って行って、地中深く埋める予定だといっていますが、予定地は全く決まっていません。
余所の国でも計画だけはあっても、実際にこの高レベル廃棄物を処分した国はありません。みんな困っています。
原発自体についても、国は止めてから5年か10年間、密閉管理してから、粉々にくだいてドラム缶に入れて原発の敷地内に埋める等と暢気な事を言っていますが、それでも1基で数万トンくらいの放射能まみれの廃材が出るんですよ。
生活のゴミでさえ、捨てる所がないのに、一体どうしようというんでしょうか。とにかく日本中が核のゴミだらけになる事は目に見えています。早くなんとかしないといけないんじゃないでしょうか。それには1日も早く原発を止めるしかなんですよ。
私が5年程前に、北海道で話をしていた時「放射能のゴミを50年、300年監視続ける。」と言ったら、中学生の女の子が、手を挙げて「お聞きしていいですか。今、廃棄物を50年、300年監視するといいましたが、今の大人がするんですか? そうじゃないでしょう。次の私たちの世代、また、その次の世代がするんじゃないんですか。だけど、私たちはいやだ。」と叫ぶように言いました。この子に返事の出来る大人はいますか。
それに、50年とか300年とかいうと、それだけ経てばいいんだという風に聞こえますが、そうじゃありません。原発が動いている限り、終わりのない永遠の50年であり、300年だという事です。

住民の被曝と恐ろしい差別
日本の原発は今までは放射能を一切出していませんと、何十年も嘘をついてきた。でもそういう嘘がつけなくなったのです。
原発にある高い排気塔からは放射能が出ています。出ているんではなくて出しているんですが、24時間放射能を出していますから、その周辺に住んでいる人たちは、1日中、放射能をあびて被曝しているのです。
ある女性から手紙が来ました。23歳です。便箋に涙の跡がにじんでいました。
「東京で就職して恋愛し結婚が決まって結納も交わしました。ところが突然相手から婚約を解消されてしまったのです。相手の人は、君には何にも悪い所はない自分も一緒になりたいと思っている。でも、親たちから、あなたが福井県の敦賀で十数年間育っている。原発の周辺では白血病の子どもが生まれる確率が高いという。白血病の孫の顔はふびんで見たくない。だから結婚するのはやめてくれ、といわれたからと。私が何か悪いことしましたか?」と書いてありました。
この娘さんに何の罪がありますか。こういう話が方々で起きています。
この話は原発現地の話ではない、東京で起きた話なんですよ、東京で。皆さんは、原発で働いていた男性と自分の娘とか、この女性のように、原発の近くで育った娘さんと自分の息子とかの結婚を心から喜べますか。若い人も、そういう人と恋愛するかも知れないですから、全く他人事ではないんです。
こういう差別の話は言えば差別になる。でも言わなければ分からない事なんです。原発に反対している人も、原発は事故や故障が怖いだけではない、こういうことが起きるから原発はいやなんだと言って欲しいと思います。原発は事故だけではなしに人の心まで壊しているのですから。
私、子ども生んでも大丈夫ですか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ。
最後に、私自身が大変ショックを受けた話ですが、北海道の泊原発の隣の共和町で、教職員組合主催の講演をしていた時のお話をします。何処へ行っても必ずこのお話はしています。後の話は全部忘れてくださっても結構ですが、この話だけは是非覚えておいてください。
その講演会は夜の集まりでしたが、父母と教職員が半々くらいで、およそ300人くらいの人が来ていました。その中には中学生や高校生もいました。原発は今の大人の問題ではない、私たち子どもの問題だからと聞きに来ていたのです。
話が一通り終わったので、私が質問はありませんかというと、中学2年の女の子が泣きながら手を挙げて、こういうことを言いました。 
「今夜この会場に集まっている大人たちは、大嘘つきのええかっこしばっかりだ。私はその顔を見に来たんだ。どんな顔をして来ているのかと。今の大人たち、特にここにいる大人たちは農薬問題、ゴルフ場問題、原発問題、何かと言えば子供達の為にと言って運動するふりばかりしている。私は泊原発のすぐ近くの共和町に住んで、24時間被曝している。原子力発電所の周辺、イギリスのセラフィールドで白血病の子どもが生まれる確率が高いというのは、本を読んで知っている。私も女の子です。年頃になったら結婚もするでしょう。私、子ども生んでも大丈夫なんですか?」と、泣きながら300人の大人たちに聞いているのです。でも、誰も答えてあげられない。
「原発がそんなに大変なものなら、今頃でなくて、なぜ最初に造るときに一生懸命反対してくれなかったのか。まして、ここに来ている大人たちは、2号機も造らせたじゃないのか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ。」と。ちょうど、泊原発の2号機が試運転に入った時だったんです。
「何で、今になってこういう集会しているのか分からない。私が大人で子どもがいたら、命懸けで体を張ってでも原発を止めている。」と言う。
「2基目が出来て今までの倍、私は放射能を浴びている。でも私は北海道から逃げない。」って、泣きながら訴えました。
私が「そういう悩みをお母さんや先生に話したことがあるの?」と聞きましたら、「この会場には先生やお母さんも来ている、でも、話したことはない。」と言います。「女の子同志ではいつもその話をしている。結婚もできない、子どもも産めない。」って。
担任の先生たちも、今の生徒たちがそういう悩みを抱えていることを少しも知らなかったそうです。
これは決して、原子力防災の8kmとか10kmの問題ではない、50km、100km圏でそういうことがいっぱい起きているのです。そういう悩みを今の中学生、高校生が持っている事を絶えず知っていてほしいのです。

原発がある限り、安心できない
皆さんには、ここまでのことから、原発がどんなものか分かってもらえたと思います。
チェルノブイリで原発の大事故が起きて、原発は怖いなーと思った人も多かったと思います。でも「原発が止まったら、電気が無くなって困る。」と、特に都会の人は原発から遠いですから少々怖くても仕方がないと、そう考えている人は多いんじゃないでしょうか。
でも、それは国や電力会社が「原発は核の平和利用です。」「日本の原発は絶対に事故を起こしません。安全だから安心しなさい。」「日本には資源がないから、原発は絶対に必要なんですよ。」と、大金をかけて宣伝をしている結果なんです。もんじゅの事故のように、本当のことはずーっと隠しています。
原発は確かに電気を作っています。しかし、私が20年間働いて、この目で見たり、この体で経験した事は、原発は働く人を絶対に被曝させなければ動かないものだという事です。それに、原発を造る時から、地域の人達は賛成だ、反対だと割れて、心をズタズタにされる。出来たら出来たで、被曝させられ、何の罪もないのに差別されて苦しんでいるんです。
皆さんは、原発が事故を起こしたら怖いのは知っている。だったら、事故さえ起こさなければいいのか。平和利用なのかと。そうじゃないでしょう。私のような話、働く人が被曝して死んでいったり、地域の人が苦しんでいる限り、原発は平和利用なんかではないんです。
それに、安全な事と安心だという事は違うんです。原発がある限り安心できないのですから。
それから、今は電気を作っているように見えても何万年も管理しなければならない核のゴミに、膨大な電気や石油がいるのです。それは、今作っている以上のエネルギーになる事は間違いないんですよ。それに、その核のゴミや閉鎖した原発を管理するのは、私たちの子孫なのです。
そんな原発が、どうして平和利用だなんて言えますか。だから、私は何度も言いますが、原発は絶対に核の平和利用ではありません。
だから、私はお願いしたい。朝、必ず自分のお子さんの顔やお孫さんの顔をしっかりと見てほしいと。
果たしてこのまま日本だけが原子力発電所をどんどん造って大丈夫なのかどうか、事故だけでなく、地震で壊れる心配もあって、このままでは本当に取り返しのつかない事が起きてしまうと。これをどうしても知って欲しいのです。

ですから、私はこれ以上原発を増やしてはいけない、原発の増設は絶対に反対だという信念でやっています。そして稼働している原発も着実に止めなければならないと思っています。原発がある限り、世界に本当の平和はこないのですから。

優しい地球 残そう子どもたちに


筆者「平井憲夫さん」について:
1997年1月逝去。
1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。
「原発被曝労働者救済センター」は後継者がなく、閉鎖されました。


平井憲夫さんは、さぞ無念だっただろうなぁ〜。
改めて、国は震災前から酷い嘘をつき通し、そして、今も尚、嘘で固めようとしてる。…という事が分かりますね。放射性廃棄物をドラム缶につめて海に沈めてたって事は、もう日本人は既に内部被曝してるんじゃない?
今、汚染水が洩れただのと当たり前のようになってますが、一大事な出来事のはずなのに、東電や国がパニックにならないのも、今までもずっとそのような事があったから、東電や国にしては、当たり前すぎて麻痺した感覚になってしまてるからなのですね。正気の沙汰じゃない。

そして、別の問題として、作業員や検査官等が素人っていう事は…、ん〜、なんか原発だけの問題じゃない気がしてきた。
広告代理店や印刷屋の営業マン等も平気で「デザインの事は素人だから…」って言う人が多かったし、他の現場でもそうなのかなと思わざるを得ない。原発だけじゃなく、こういうのって一般的な企業にも置き換えられるし、一般的な企業って事は国民に置き換える事も出来るし、その中から選ばれたのが政治家だろうし…。
1人1人が何においても他人事なのかも知れないですね。そして、何かあると責任だけは強く求める…。本当は1人1人の問題かも知れないなぁ〜。…なんてね。



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