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Le Mans 24h in 1987

LeMans 24h 1987 ポルシェ961

VOWWOWの4thアルバム『V』(当Blog内リンク)を聴いてたら、1987年のLe Mans24hレースを思い出してしまった。この年はジャグヮーとポルシェの壮絶なバトルが繰り広げられました。

大荒れのレース序盤、ガソリンの質が悪い!
1987年6月13日…、朝からフランス全土は雲が垂れ下がり雨模様。オープンカーに乗ってのドライバー紹介も取りやめられた。おまけに、お目当てのハワイアントロピックも来ていない。ヒストリックカーのパレードだけが虚しくコースを通り過ぎて行く。午前11時30分から30分間のウォームアップもウエットだ。久しぶりの雨のル・マン24時間になりそうだったが、午後3時になると雨も上がり、雲の切れ間が見えてきた。
午後3時45分過ぎ、特別に2周のローリングを開始した頃には随分と明るくなってきた。ベンツに先導された48台は、午後4時過ぎにスタンド前をスタート開始。しかし、いつもの混戦はなく2台のロスマンズポルシェだけがダッシュし、3台のジャグヮー以下は大きく遅れ、まるで迫力のないスタートシーンとなってしまった。
その原因の1つは、1986年に良いレースをしたイエストポルシェの2台がエンジン不調で後方に落ちてしまった事も理由の1つだが、なんとスタート直後から黒煙を吹きエンジンブローして僅か4周目でリタイアしてしまったのだ。更に、6周目にはケンウッドポルシェもリタイア…。ケンウッドポルシェの助っ人ドライバーとしてエントリーされていた日本人ドライバーの高橋国光選手は一度もステアリングを握る事なく、ル・マンを去る事となった。7周目にはイエストポルシェの8号車も同じ理由でリタイア。更に、16周目には1〜2位を走ってたワークスポルシェのロスマンズ18号車の水冷エンジンもブローしてしまった。
これは、予選よりも更にオクタン価の低いガソリンが供給された為に、ポルシェ勢のコンピュータセッティングが対応し切れていなかった事にある…。


そう言えば以前、ガソリンの質を考えてみる-2-(当Blog内リンク)という記事で少しこのレースの事に触れました。レースのような過酷な世界ではガソリンの質が車に合わないと、すぐに車を壊してしまう結果になる。これは一般車にも言える事で、レースのようにすぐに車が壊れる事はないだろうけど、じわり、じわりとダメージが進攻して来るのです。それはさておき、YouTubeに1987年に開催されたLeMans 24hレースのダイジェストがありましたので共有させて頂きます。

LeMans 24h 1987 Digest 1/7


LeMans 24h 1987 Digest 2/7


LeMans 24h 1987 Digest 3/7


LeMans 24h 1987 Digest 4/7


LeMans 24h 1987 Digest 5/7


LeMans 24h 1987 Digest 6/7


LeMans 24h 1987 Digest 7/7

ん〜、やっぱり、この1987年のレースは歴史に残るレースだと思います。




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