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誇り

ボンネットバス

バスの車掌、印刷の専門家…消えてしまった職業。
初めて1人でバスに乗ったのは入院している祖母に届け物をするためだった。いつの頃だったかハッキリしないが、7、8歳だったように思う。乗っている時間は30分程だが小さな子供にとってそれは決死の覚悟の大旅行のようだった。
祖母が入院している病院には、それまで親と一緒に何度か行っていた。その日は急いで届けなくてはいけない物があり、理由は覚えていないが、自分1人だけで行く事になった。家の近くの停留所まで母親が来て、女性の車掌さんに「この子を○○停留所で降ろしてください」とお願いをした。
目的の停留所に近づくと車掌さんは「もうすぐ着きますよ」と教えてくれた。ただ情けないことに、こちらは初めての大旅行に全身が緊張の塊のようになっていて、そう言われると一目散に出口に向かい、無言でバスを降りてしまった。半世紀近くも前のことだが、強烈にバスの中の情景を記憶している。その情景とともに、車掌さんにお礼も言えなかったことを悔いる気持ちがよみがえってくる。
おそらく母親は、車掌がいるからバスに1人で乗せたのだろう。路線バスのワンマンが当たり前になっている現在、小さな子供を初めて1人でバスに乗せる親はどうしているのだろう。「○○停留所で降ろしてほしい」と頼める車掌がいなく、不安な事も多いのではないか。

路線バスの車掌は1980年代の終わり頃にはほとんど消えてしまったようだ。機械化、経費削減の流れで他にも消えた仕事は数多くある。新聞業界は遅かった方だが、それでもここ数十年の間にずいぶんと変わった。校閲の仕事も2人1組がかつては主であった。手書きの原稿を1人が持ち、もう1人が活字の印刷物(ゲラ)を読み上げながら、正しい活字になっているかをチェックする。この業務もワープロの出現で、手書きの原稿が消えると同時に、ほとんどなくなってしまった。

最近聞いた話だが、印刷関係の専門家としてバリバリ働いていた人が、専門業務がコンピューター化でなくなり、失業してしまった。収入も当然なくなったが、その人の印刷業の専門家としての誇りは消えなかった。生活の為に働かなくてはいけないと分かってはいるが、違う職種に就く事がなかなかできないそうだ。
時代の流れに逆らう事は簡単ではない。誇りを捨てる事もまた難しい。(校閲部長 深山茂)

(2012年07月20日09時26分 提供:産経新聞)



時代の流れと共に淘汰され消えていった職業は多いです。だけど、それに代わる新たな仕事の中で淘汰された仕事の誇りは根付いている。そして、その誇りが活かされているからこそ新たな仕事でもより良いサービスに繋がるのだと思います。
しかし、新たな仕事しか知らない世代は、それ以前の誇りを知る事も出来ないから、何か誤った方向に向かいがちな気がします。




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