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KOJIのブイ!ブイ!車遊び~プロフィール~

ランボルギーニカウンタックLP400
KOJI児童が、衝撃をうけたランボルギーニカウンタックLP400!

衝撃的な出会い!
あれは忘れもしない小学校4年生?あれ?5年生だったかな?忘れてるやないかい…。時代は、この日本にスーパーカーブームが来たか来ないかぐらいの時である。
友達との間で「カウンタックがかっこいい」だの、「ポルシェがかっこいい」だの、話してた時、KOJI児童は話の内容がチンプンカンプンで全くついていけてなかったのでした。そう、KOJI児童は、スーパーカーブームが来てる事すら知らなかったのである。
しかし、そんなKOJI児童にも、転機がやってきたのでした。ある日、小学校の廊下にある掲示板で、何気なく貼り出されていた学校新聞に目を向けると、ある記事が飛び込んできました。
それは、スーパーカーブームの記事でした。そして、そこには、【ランボルギーニ カウンタックLP400】の写真が…。KOJI児童は、その写真に小学生ながらにも、衝撃を受けてしまったのです。「カッコいい!」今まで見た事も無いような車は、その、一言につきました。
当時は、外車なんてまだ珍しい時代で町中で外車を見る事なんてほとんどありませんでした。しかも、車というものは、横から見ると「凸の字」の形をしているのが、KOJI児童にとっての常識でした。だが、その車は、なんと横から見ると「流線形」です。世の中には、凄い車があるもんなんだな~。この衝撃的な事件により、KOJI児童は車にのめり込んだのでありました。
スーパーカーの記事や写真を集めるようになり、また読んでいたマンガも当時爆発的にヒットした池沢さとし先生の「サーキットの狼」。このマンガには、有りと有らゆるスーパーカーが登場していました。また、車が欲しくて…でも買えず。当たり前なのですが、少しでも車に近付きたく、スーパーカーのプラモデルにはまっていったのでした。よく無駄遣いをすると親に怒られたものでした。

マツダ サバンナRX-7
日本車もスーパーカーの影響を受けてデビューしたマツダ サバンナRX-7!

そんなスーパーカーブームは、日本車にも変化を与え始めてきました。【マツダ サバンナRX-7】が鮮烈なデビューをはたしたのです。当時は【ポルシェ924】と見間違うほどのスタイルでした。ヘッドライトにリトラクタブル「かくしライトの事ね。」を採用しているところが、スーパーカーしていましたねぇ~。
KOJI児童にとっては、日本車でリトラクタブルなんて初めてのことでしたから…。厳密には、スーパーカーブームのもっと前に【トヨタ2000GT】という車で、リトラクタブルを採用していたのですがKOJI児童は現車を見た事もなく、幻の車ということで、いろんなところで紹介されていましたから、いまいち、ピンときていませんでした。

童夢-零
日本のスーパーカー童夢-零!

時を同じに、日本のスーパーカー【童夢-零】という車を本で知る事になる。しかし、この【童夢-零】という車は、何処のメーカーなのか当時は全く分からなかったのでした。今では、ル・マン24時間レースなど各レースの世界でおなじみな会社なのですが、当時は無名?(私だけが知っていなかったのかも。)でしたから…。それからブームとは、寂しいもので次第に下火になっていきました。KOJI児童が中学に入学するかしないかの時でした。

ポルシェ930ターボ
KOJI少年が欲しがってたポルシェ930ターボ!

車の夢(少年期)!
そして、KOJI児童は目出たく中学生となりKOJI少年となりました。スーパーカーブームはとっくに消え去ってしまっていましたが、KOJI少年の心の中では、地味にメラメラと燃えておりました。中学期では、車に対してそれほど目立った行動はとらず、心の中で車の憧れを温存しておりました。大人になって絶対にポルシェ930ターボを買ってやる!ってね。当時はポルシェに凄く憧れてました。
そして、時は高校時代に移り過ぎ、自動車免許が取れる年に近付くにつれ、心の中で地味に燃えていた車への思いが次第に強くなっていきました。まだ、免許証も持っていないKOJI少年は、自動車ディーラーを巡りカタログ収集をし始めるのでありました。自動車ディーラーには迷惑な話で、車も買う事の出来ない16か17歳そこらのガキが、「カタログ下さい。」と言ってくるのだからさぞかし迷惑だっただろう。当時の営業マンさん、本当にごめんなさいです。m(__)m
その時のカタログは現在も大事にとっております。今となっては凄く貴重なカタログですね。マニアに高額売買が出来るかも。(笑)
そして、18歳。高校卒業と同時に待ちに待った免許証取得!…が、しか~~~し、大阪のデザイナー専門学校に進学のため2年間車に乗る事は出来ませんでした。乗るといえば、夏休みなど大きな休みの時、ちょろっと乗る程度でした。KOJI少年は、免許証取得後2年間ほとんど車に乗る事なく20歳を迎えるのでした。

スバル アルシオーネ VR ターボ
初めてのMy Car、スバル アルシオーネ VR ターボ 4WD。

念願のMy Car!
KOJI少年からKOJI青年(以降KOJI)に…。
KOJIは学生を終え、地元のデザイン会社に就職と同時に念願のMy Carを購入。しかし、まだKOJIは、車は好きであっても車の性能の事はよく分かっていないのでした。当時はカッコ良い車、「リトラクタブルヘッドランプで、あまり街を走っていない車」と言うのが、KOJIが思う、カッコいいスーパーカー的なイメージでした。そう、KOJIが初めて買った車は、ジャジャ~~ン!【スバル アルシオーネ4WD】なんだ、それって?
当時は、カー雑誌で生きた化石とまで言われた、超マイナーな車。4WDと言っても、今の車のように(フルタイム4WD)ではなく、(パートタイム4WD)なのです。(パートタイム4WD)なんって今は使ってないから死語ですね。知らない人の方が多いかも知れませんね。フルタイム4WDが出始めの頃は、必ずトランクなどに(FULL TIME4WD)ってステッカーが貼ってあったものです。ターボも同様にステッカー(TURBO)が貼ってありました。いつからでしょうね、これらのステッカーが消えたのは。
そんなことはさておき、【スバル アルシオーネ4WD】は、中古で購入しましたが壊れる壊れる、壊れたら修理代めちゃ高でした。修理代が払えないから最終的には壊れてもほったらかしで乗り続け、ついに車検の時が…。修理しないと車検に受からないから、修理代の見積もりをとってもらう事に…。はじき出された修理代は、なんと70万円オーバー!ここで、車の乗り換えを決意。アルシオーネ3年の命でした。


日産シルビアK'sダイヤセレクション (S13型)
2台目のMy Car、日産 シルビアK's。

あぁ、チューニング人生。
KOJIには妹がおりまして、都合よくこの時期、妹が日産サニー販売に就職。
このころ、KOJIはバニングに目覚めていました。バニングとは、1BOXのバンをキャンピング・カーに改造した車のことです。しかし、ビンボーな庶民のKOJIには、とても現実離れした車で、しかたなくあきらめることに。そして雑誌で日産S13シルビアの公認チューンドカー【トミーカイラM18Si-NA】の記事を見て、一発で惚れ込むのでありました。トミーカイラを買うぞ!しかしまだ世間ではチューニングの風当たりは強く、今では、日産のディーラで簡単に買う事のできるトミーカイラがまったく知られていなく、購入することがとても困難でありました。様々なトミーカイラの特約店を回り購入を試みましたが、何処の特約店もトミーカイラのパーツは販売しているものの、チューンドカーは販売した事がなく、特約店でも困難を極め【トミーカイラM18Si-NA】をあきらめざる得なくなりました。そして、日産のディーラーにて「チューニングしたシルビアのNAよりも、ターボモデルの方が面白いで。」との言葉につられ【日産S13-シルビアK's】を購入することに、確かにディーラーの方が言われたように面白い車でした。
数年がたち、中古だがGABのショックアブソーバーとタナベのHS200というスプリングを手に入れる。サスペンションのパーツです。車高は変わらないけど、バネレートが堅くなっていてスポーツ走行にはもってこいのパーツです。当時はこのパーツで車がよくなったのか、悪くなったのか分からないまま、スポーツ用の足にしている事が優越感でした。
これが、KOJIのチューニングの始まりでした。車の動きが多少分かるようになってきたKOJIは、更に良い足を求め、同ショックアブソーバーの新品を入れてみました。フィーリングが全く違う、そう最初のショックアブソーバーは抜けていたのです。と言う事は、今まではスポーツ用と言って喜んでいましたがノーマルよりも悪い状態で乗っていたのでした。チャン、チャン!
そして更に時がたち、車検の時期がやってきました。シルビアに乗り換え2度目の車検が…。
しかし、今のチューニングは…、国に認めらておらず違法改造でした。ショクアブソーバーとバネを変えているだけなのに…。今ではオプションでローダウンなんて当たり前ですけどね。当時は…。KOJIは決断しました。(車検費用+ノーマルに戻す費用)なら(車検費用+公認車検費用)だと、KOJIは初めて公認車検という行動に出たのでした。公認車検とは、改造した部分を申請し安全な部品を使い一般の運用で支障をきたさない改造という事を国に認めてもらう車検の事です。以後この車の車検は、普通の車と同様に車検が受けられるようになるのです。しかし、元の状態に戻すと車検が受からなくなるという矛盾した点も…。かくして、堂々とチューニングした車を町中で乗れるようになったのでした。

S15 NISSAN SILVIA Autech Version
3台目(現在)のMy Car、日産 シルビア オーテックバージョン。

あぁ無情、安全ってなんやねん。
公認車検取れて喜んでいたのも、つかの間、なんと規制緩和が…。3ヶ月後のことです。そう、今までしていた改造の部分が大幅に認められるようになったのです。足周りをいじる事は、別に違法でもなんでもなくなった。
KOJIが苦労して、バネを製造しているメーカーから強度検討書を取り寄せ、車検に通す為の書類を作成し、手間ひま予算をかけ改造が安全であると言う事を国に認めてもらうのに、とてつもなく苦労したのに、なんなんだ?これは。ひとつ前の段落でも言ったように、【元の状態に戻すと車検が受からなくなるという矛盾】。こういった規則は、安全の為でなく取り締まる為の規則だったんだと思えるようになってきました。更にこの後、32歳になったKOJIはモータースポーツ(ジムカーナ)と出会う事になるのでした。この時、【シルビア】は、ほぼ10年目16万kmを迎えようとしていました。ジムカーナをしていると、シビアに安全について考えるようになってきました。今ある交通規則って本当に安全の為に存在している規則なのだろうか?交通安全週間になるとスピードを守り安全運転しましょう。と当たり前のように言われていますが、はたして、どれだけの人が、守る守らないは別として交通規則を把握しているのだろうか?交通法規を調べると、これが出てくる出てくる、知らなかった交通ルール。やはり今の交通規則って安全の為でなく、取り締まる為の交通規則だったと確信しました。そして、ほとんどの人が、安全運転や交通ルールを守っているつもりで、知らずに違反している現状にあると言う事が分かりました。本当に安全を語るなら、この知られざる交通ルールを守る守らないは別として理解する必要があると言う事を。歩行者や自転車などにも反則キップを切られる違反が存在する事を、クローズアップされているスピードだけが違反の対象でない事を…。そして、現在も安全とは何かを考え模索しているKOJIでした。

追伸!
【S13シルビア】ですけど、16万km越えた時点で寿命が来て廃車になっちゃいました。今は【S15シルビア-オーテックバージョン】に乗り換え、月1回の広島スポーツランドTAMADAにてジムカーナに燃えております。KOJIの車人生まだまだ現在進行形です。

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