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ACのCMを見てて思う事

思いやりは見えるACのCM

震災後の民放テレビ放送で、やたらとACのCMが流れるのは各企業が相次いでCMを自粛した為に空白のCM枠が出来てしまったからです。そして、その空白を埋める為に仕方なくACのCMに差し替えられて流されてます…。それなのに、ACのCMがウザい!とクレームの嵐…。いやぁ~、世の中平和です。ウザくてもクレームを入れる程の事でもないと思うのだが…テレビ局にクレーム電話するくらいなら、その電話代を募金したら良いと思うのだが…。そのクレームの数は結構な金額になるんじゃない?(笑)

まぁ、確かにACのCMはウザいです。これは、間違いない!私は自分の仕事柄、ついついそのCMの表現方法等にウザさを感じちゃうものですから、最後のACって言うのを止めたところで何も変わらないわけで…。もっと、良いCMって創れないものなのかなぁ?色調をトーンダウンさせて重たい雰囲気を作り出し、見てて息苦しくて敵わないです。

上記写真のCMですけど、「思い」は見えないけれど「思いやり」はだれにでも見える…ふざけてんのかぁ~!(笑)
この表現も、…思いやりって誰かに見せる為にするものでしょうかね?何度見ても、思いやりは見えるからしましょう。って言ってるようにしか思えないわけで、では、見えなければ思いやりはしなくてよいの?って、私は凄くツッコミを入れたくなります。

確かに、ここ数日、このBlogで企業の自粛の事を記事にしてますが、「震災に合われた方の事を思いやってますよって見せる為に自粛してるんだ!」って、妙に納得出来るCMかも…って思えて来ます。
このCMを創った人って、本当に思いやりの行動ってとった事があるのかな?私は過去にCMのように手を差し伸べた時に「私はまだそこまで年をとっとらん!」って凄い剣幕で断られた事があります。それ以来、トラウマみたいになっちゃって、手を差し伸べようかと思っても、また言われたらどうしようって思いとがグルグルになって、凄く躊躇してしまうんですよ。キツい言われ方で断られると結構凹みますよ。(苦笑)
その他にも、電車で席を譲ろうとして立ったまでは良かったものの、同様にキツく断られて、凹むと同時に立った手前座っていいものやら座っちゃマズいような複雑な気持ちと、周りの人の視線にさらされてるような恥ずかしさと…。そうこうしてるうちに駅に着いて、その駅から乗って来た何も知らない人がすかさず私が立って開けたところにヒョイッて座っちゃったりしてね…。こういう経験をすると、次に親切にしようと思った時、初めての親切よりも数倍もの勇気が要りますよ。(笑)

思いやりが見せられないようになるには、それなりの理由がある人達も居るわけで、「思いやり」が誰かに見られてるとかそういう問題でもないと思うし何か違うんだよなぁ~。って、私それ以来思いやりの無い人間になったような言い方になってしまったけど、私はそんなヤワじゃないですから、こんな事では再起不能にはなりません。でも、中には次が踏み出せなくなってる人も居るんじゃないかなぁ~ってね。

言葉で「きれいごと」いうのではなくて、本当に行動に移せるような表現って出来ないのかな?
随分、昔の事ですが…私が子供の頃、保育園か小学校低学年ぐらいの頃だったと思います。公共広告機構(現:AC)のCMで『暴飲暴食をやめましょう』と言うCMがありました。そのCMで流されてた映像(アニメ)を見て、豪快な食べっぷり…テーブルやお皿まで食べるシーンに、逆に食欲がソソられて暴飲暴食の真似をしてた記憶があります。 流石にテーブルやお皿は食べないですけど、CMの後すぐに冷蔵庫を覗き込み食べられそうな物は、その場でガツガツ食べてた記憶があります。
暴飲暴食という言葉の意味をあまり理解出来てなかった私は、映像の様子からメッセージとまるっきり逆の行動をしてたのです。CMが逆効果だったわけです。CMとしては失敗作とも言えるんじゃないかなぁ。(笑)
止めさせたい事に対して『やめましょう』と言うだけで止められるなら、皆、とっくに止めてるだろうし、映像から全然心に響かない。CMの発するメッセージに対して、制作してる側が全く興味の無い人達で、綺麗事を妄想の世界で広告創りしてる気がしてなりません。

アニメ等を見てて誰もが思ったかもしれませんが、例えば、はじめ人間ギャートルズに登場するマンモスの肉とか、トム&ジェリーの中で登場する、穴あきチーズや凄くプルプル揺れるゼリーとか、子供心に見ていて凄く美味しそうに感じました。 私は子供の時にチーズが嫌いだったけど、トム&ジェリーのおかげでチーズが食べられるようになりました。これが広告には大事なのですよ。
「美味しい」なんて言葉で説明しなくても、感覚的に美味しさを感じてしまうじゃないですか。ついつい、その食べ方を真似したくなるじゃないですか。トム&ジェリーなんて、アニメ全体でセリフが極端に少なくて、子供達の想像力をかき立てる創りになってるのが、凄いと感じるところです。

そのようなクリエイティブさが日本の現場には欠如してるのです。数日前の創造性(当Blog内リンク)という記事と同じ事言いますけど…、今、節電が求められてますよね。節電にしても、わざわざポスターというビジュアル表現にしてまで文字で「節電しましょう」と言うのでは芸が無い!ポスターにするなら、そのポスターを見て本当に節電したくなる表現が出来ればと思います。

節電なんてものは、どちらかと言えば『我慢』です。人は『我慢』って嫌う生き物なのです。出来る事なら我慢したくないのですから、節電を我慢と感じさせない表現が必要なのでは?って私は思うのです。たちまち節電とは関係ない西日本の地域でも、そのポスターを見たら電気を消して楽しみたくなるような表現ですね。思わず真似したくなる表現そういうのって見ないですよね。
電気が使えないマイナスのアピールではなく、電気を消して楽しむプラスのアピール…そういうのがあっても良いのじゃない?
これはACのCMも含め、全ての日本のクリエイティブに言える事だと思います。



電気を消して楽しむ遊び…、肝試し(季節外れ)。闇鍋。キャンドルナイト。キャンプファイヤー。庭でバーベキュー。飯盒でご飯を炊く(火力は墨&薪)。…等々。




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コメント


メソメソ大国

上の画像のCM、少年と老女のズボンの色が同じグレーなので、階段の途中で戻ろうとする足が老女の足のように見えてしまうのがとても気になるところです。ズボンの色が同じである事に制作側は気づかなかったのでしょうか?

ACの宣伝はどれもとても暗くて気が滅入ります。なんで人助けをするのに、あんなに暗いの?なんで子供とふれあう手が、あんなに暗いの?あんなに暗い気持ちでやるべき事なの?という疑問しか生じません。

そもそも日本人の価値観が「泣けるもの=感動=素晴らしい」みたいになっていて気持ちが悪いです。良い事を明るく伝えないで、いつも「メソメソ」、そして「弱い自分」に酔ってるような気がします。日本以外の国では、ああいった事は明るく表現すると思います。

非力

♪morito さん

今、多くの人が言葉にしてる、『非力』っていうのも「弱い自分」に酔ってるような気がします。私だって何も大きな事は出来ません。各著名人のように、何千万とか何億とか、寄付する事も出来ないしです。
微々たるお金を募金箱に入れるぐらいしか思いつきません。私も大勢の方と同じように募金と、今日…、物資として今まで頂いて使ってなかった新品のタオルを数十枚提供しました。ハッキリ言って、そのぐらいしか出来ません。

何も、それを『非力』『非力』って言う必要も無いし、出来る精一杯をすればそれで良いのじゃないの?…って思います。
『非力』って言ってる人は、じゃぁ、どれだけすれば『非力』じゃなくなるの?

何千万とか義援金を出した著名人1人だけの力でも、その人の力で復興させる事は不可能だし、そう考えれば非力です。
皆の力が大事で、1人1人が『非力』って言う必要なんて無いと思いました。みんなが『非力』なのは当たり前なのだから。

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