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目的意識

男の大市

代理店さんから受けてる仕事の1つに、どう見ても高級という感じのお店では無いのに、チラシの見せ方に高級感を持たせ欲しいと言われ、仕事の流れから、お店側の意識など何も変化の無いままデザインのみを高級っぽくという小手先の誤魔化しに対して、高級に反する矛盾だらけなキャッチコピーを集めてみました。一体、お店側の目的は何がやりたいのだろうか?目的の無い高級感…。

衣料品のキャッチコピーに『安心の高品質 日本製!』ってあるのだけど、そんな事は表示するまでもなく、安心の高品質が当たり前だから高級なのです。安心の高品質と表示する事で逆に安っぽくなってしまう。


『今のトレンド!』って…商品コピー…。トレンドって言葉の意味を理解して掲載してるのだろうか?【trend=ファッションの流行や経済変動の動向など。】という事で、簡単に言えば今の流行りという事になり、流行ってるという事はお店が紹介するまでもなく、既に世間で人気が出てるから流行ってるわけで、それを知らせなければならないって事は、本当にトレンドなのか…?という疑惑の目。いくらデザインを格好良く高級感持たせても、こういう商品コピーが安っぽすぎる!って事に気がついて頂戴!


某量販店の仕事で『学生服早期販売企画』ってのがったけど…昨年12月から始まって3月半ばまで早期販売企画してたけど、入学の4月ギリギリ前でも早期なのか?高級なお店はいつまでもダラダラと同じ企画のセールはしません。


カーペットの商品キャチコピーに『子供部屋に最適なサイズです。』ってあるのだけど、「我が家の子供部屋を見た事があるのか?」って、ツッコミたくなるよなぁ~!最適かどうかを決めるのはお店側じゃなくお客様です!どのぐらいの大きさのものか、サイズの説明は欲しいが最適なサイズかどうかを、無神経にお店側に決めてもらいたくはない!




冬のトレンド


『冬のトレンド人気アイテム!』ってコーナータイトルだけど、人気のある商品ってお店が提案するまでもなく、既に世間で騒がれてるから人気なのであって、『人気アイテム』と知らせなければならないって事は、巷では人気ではない!という事。そういう嘘っぽさが高級路線からかけ離れている…。


表面的なデザインの見せかけだけに拘り、スピリットの部分では全くの無頓着!たった1枚のチラシの中に、矛盾というかデタラメなキャッチコピーは数知れず…。デタラメでも、何か入れなきゃ仕事した風に思われ無い気がして、とりあえず適当に入れてみましたという仕事ぶり…。ゴチャゴチャと五月蝿く考えた風に見せる方が楽だし、こんな風に考えてみましたとアピールもしやすいものなんだよ!でも、本当の意味では全くなにも考えられていないし、スマートに見せる方が何十倍も難しいものなのですよ。本当のプロはそれを良く知っている。…とまぁ、目的の無い物というのは何にしても中途半端な状態で終わってしまう。

ここのところの日本は、いろんな面に置いて、目的の無い物があまりにも多過ぎる気がしてなりません。現在の管政権も「何の為に?」と目的を問いたくなる政策ばかりです。そして、京都大など国立・私立4大学の入試問題がインターネット掲示板に流出した問題で今騒がれてるじゃないですか…。こういうカンニングにしても、何の為試験で、何の為に大学行くのでしょうか?って問いたくなるんだよね。

その人は何の為に大学へ行こうとしてるのか?自分に将来の目標があれば、おそらく大学ってのは単なる通過点に過ぎず、その通過点で不正をしたならば、仮に大学に入れたとしても実力が伴わず、その先の将来の目標には到底届かないであろう…。もしかして、大学に入る事が人生の最終目標だと思ってるのだろうか?勉強にしても大学に入る事が目的や目標としてるなら、その時点で人生が完全に終了してしまうって事なんだよね。

勉強のあり方が、大学に受かる為であるならば、その先の人生なんてつまらないだろうし、今の若者が目標を持てず、惰性で生きてる感がするのはもっともな事なのかも知れません。
特に私が強く感じるのは、大卒で新入社員が入って来ても、『お前ら本当に大学出たのか?』と問いたくなるくらい、やる気の無さというのを感じます。目的や目標を失い、惰性で生きてるという感じです。

やりたい事があって、それを極めようとする骨のある奴になかなか出会えないと言うか、口先ばかりは一人前で文句だけは立派なのだが、実力が伴ってないのに妙な自信と変なプライドだけは持ってる。だから、ちょっと手厳しく言うと、すぐ辞めちゃう軟弱さ。そういう奴らが多いなと凄く感じるんだよね。

皆が皆じゃないとは思うが、もっと人生の目標というやつをしっかり見据えてる教育って必要なんじゃないかなぁ。これは大人も社会も含めて大きな問題なのだろうと思う。自分に目的や目標があれば、決して近道をしようなんて気にはならないでしょう。

でもね、今、社会全体が、小手先の誤魔化しで、短期間で大儲けしようみたいな風潮があるし、上記、チラシの高級感の話だってそうです。よりよい商品を仕入れて、接客から何から全て高級になれる努力もなしに小手先の事で誤魔化そうとする…。カンニングする学生の心理と何ら変わらない気がするんだよね。世の中が小手先の誤魔化しで通用するって国全体がそう感じてるから起こってる事なんじゃないかな?



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コメント


intelligentsia

英米人の脳裏には、現実の世界があると同時に、非現実の世界観 (world view) がある。

現実の世界を現在時制の内容で表現すると、非現実の世界は未来時制の内容として表現できる。
現実の世界と非現実の世界は、英語では一対一の対応がある。
そして、現在時制の内容に対応した未来時制の内容が過不足なく考えられる。

真実は現実の中にある。が、真理は考え (非現実) の中にある。
現実は真実である。現実の内容として述べられる非現実は嘘である。
時制がなく、現実と非現実の区別がつかなければ、本人は嘘ついてるという自覚はない。
話の内容が現実離れしていることに違和感がない。

現実の内容は五感の働きにより得られるが、非現実の内容は瞑想により得られる。
現実の世界が過不足なく成り立つように、考えの世界も過不足なく成り立っている。
もしも、考え (非現実) の世界に矛盾があれば、それを見つけて訂正しなければならない。
自他が協力して構想の中の矛盾を丹念に淘汰すれば、非現実の世界は現実の世界と同じ広がりと正確さをもち、場当たり的な発言の内容とはならない。

日本語脳は、非現実の内容を脳裏にとどめ置くことができない。
それは、日本語には時制がないからである。
日本人は常に実を求めている。現実にとどまることのみを信じている。
日本人の考えは、現実の外に出るものではない。
現実を現実の外にある理想に導くものではない。

西遊記に出てくる孫悟空は、自己の有能さに得意になっていた。だが、釈迦如来の手のひらの中から外に出ることはできなかった。孫悟空には、世界観がないからである。

英語の時制を使うことができない英米人は、子供のようなものである。
だから、非現実の世界を考えることができない日本人は、12歳の子供のように見える。

考えがなければ、議論ができない。
日本では「議論をすれば、喧嘩になります」と言われている。
意思は未来時制の内容である。
時制が無ければ、恣意となり、その思いは公言にもならず宣言にもならない。

物事の決着は、談合により行われる。
そこには、公言も宣言も必要でない。
意見を述べようとすると「理屈を言うな。理屈なら子供でも分かる」と言って相手にしない。
もっぱら恣意と恣意のすり合わせを行って決着する。いわゆる、どんぶり勘定である。
和をもって貴しとなすためには、金を配るしかない。これも馬鹿の一つ覚えか。
現ナマは、現実の内容であり、日本人には信用の証となる。

究極の人生目的は、狭義の自己利益・金を得ることにある。
国内では、学閥など序列を作って自己利益を確保しようとする。それで、忠義が尊ばれている。
人間が縦一列に並んで他を入れない密な人間関係である。
序列作法の励行により、序列の外に出られない島国根性が植えつけられる。だから、玉砕を覚悟する。

国内においても、国際社会においても、日本人は金を配って存在感を示そうとする。
これもひとえに社会の中での序列順位向上のためである。
だが、日本人は内容のない発言により信用を失うことが多い。
それでも、日本人は人類のために貢献している。
だが、その貢献の仕方は、発言のない家畜が人類に貢献するのと似たところがある。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812


ネームバリュー

♪noga さん

コメントありがとうございます。
英語脳や日本語脳、現実の世界や非現実の世界観、なんだか凄く難しいような気がしましたが、単純に考えると最もな話の用で、そのもっともな事が多くの日本人には足りていないという事が何となく理解出来ました。

>英語の時制を使うことができない英米人は、子供のようなものである。
>だから、非現実の世界を考えることができない日本人は、12歳の子供のように見える。


まさに、そうだな。…と本当に共感いたしました。
私は、日本人で英語も喋る事は出来ないけど、考え方が英語脳に近いのかな…と感じる事もありまして、多くの日本人の言動が幼稚に感じてしまう事が多々あります。その理由が何故なのか…ずっと疑問ではありましたが、『非現実の世界を考える事ができない日本人』という事で、『なるほど!』と妙に納得が出来た気がします。

>現ナマは、現実の内容であり、日本人には信用の証となる。

これにも、妙に納得です。私の父親が『同級生の誰々は何処何処に家を建てた!』だのと、よく私の事を比較評価します。未だに家を建てられない私はつまらない人間だと。
金を出せば誰でもが家を建てる事が出来るわけで、父親の評価はそれが素晴らしい事なのです。しかし、私は金をいくら積んでも手に入れる事が出来ないものを求めようとして努力してるわけで、そんな私の評価は無いに等しいものです。

何かで証明出来る物が無いと評価判断出来ない未熟さを日本人に感じます。何かで証明出来る物、それが、お金であったり、家であったり。その他ではブランド物であったり…。

日本人がブランドに拘り過ぎるくらい拘るのはその為なのでしょう。
しかし、お金で手に入れる事の出来ない、人格(その人の品格)には全くの無頓着であったり、ブランド物は手に入れるが、その人の品格は、到底ブロンドのもつ品格に追いつけないものだったり…。それでも、ブランドを持つその事が評価に値するのです。

幼さ故にネームバリューが無いと、判断出来ないという事ですね。本質が無くてもハリボテであっても、ネームバリューがあれば良いと判断するお粗末さ。

その事に疑問を感じたのが
http://kbrand.blog9.fc2.com/blog-entry-2227.html

こちらの記事でもあります。

http://kbrand.blog9.fc2.com/blog-entry-1354.html

こういう品格とか…。物には拘れるけど、自信の品格には拘れない矛盾!あまりにも、人間が幼過ぎます。

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