FC2ブログ
2020 06123456789101112131415161718192021222324252627282930312020 08

カモにされる故人

川村カオリ

 川村カオリさんが5年もの闘病の末に死去されました。ご冥福をお祈りします。もう、皆さんはニュース等で既にご存知だろうと思います。だから、あえて川村カオリさんの死については語りません。

 …ここ最近、多くの著名人が立て続けに亡くなり、そしてその都度、惜しい人を亡くされたと報道されてます。だけど、私はこの報道のあり方に凄く疑問を感じています。
 この事は、以前、グラフィックアーティストの鈴木盛人さんのBlogに故人セール(外部リンク)と称された記事に記されています。この記事に私も全くの同感です。

 川村カオリさんの闘病生活は、TV番組等でも紹介され、多くの方の記憶に残っていると思います。だけど、もし川村カオリさんが癌という病ではなく、普通の健康体で歌を歌ってたとしたら、ここまで彼女の事を話題にしてただろうか?彼女の音楽の事とかコンサートの話題も含めて…。
 おそらく彼女が健康体だったら、5月5日のC.C. Lemonホールでのコンサートもスポットライトを浴びる事もなく、全く知られず水面下で本当のFUNのみの間で行われ、一般的には知らないままに終わっていたのじゃないかなぁ?

 本当は、川村カオリさんの音楽はどうでもよくて、「癌と闘う」という肩書きだけ、話題として欲しかっただけじゃないのか?きっと、少し知名度があれば「癌と闘う演歌歌手」でも「癌と闘う名脇役俳優」でも、逆境で頑張ってる姿が映し出されていれば誰でも良かったのだろうと思います。

 川村カオリさんは癌と戦うという事でメディアに取り上げられていましたが、川村カオリさんと同世代なのかなぁ?ある女性ロックシンガーで昔人気があり、今も尚、現役で歌ってる方がいますけど、健康なその方は全く話題にされる事はない。
 だけど、もし、彼女が重い病に冒され頑張ってたら、メディアに取り上げられ、こぞって話題にするでしょう。

 純粋に音楽やその人の活動の頑張りなんてサラサラ見る気がないって感じが凄く強く感じられます。こんな事を強く感じるのも川村カオリさんの死で特別に思った訳じゃなく、5月に死去したロック歌手の忌野清志郎さんの時や本田美奈子さん、ZARD 坂井泉水さん、マイケル・ジャクソンさん等、報道される芸能人の死を見てきていつも感じます。

 死んだから、闘病してるから…、そんな事抜きにして、生きてる時にちゃんと活躍を見極めて欲しい。死んだから、素晴らしい曲だったとかそんな事絶対無いはずです。素晴らしい曲は生きてる時だって素晴らしいのですから。生きてようが死んでようが、その価値は変わらない。だけど、不思議と生きてる時は見向きもしてないで、死んだら急に惜しい人を亡くした。という人が増えますよね。そして、正しく評価する事も出来なくなってしまう未熟さです。

 今回、高校野球の西東京大会で忌野清志郎さんの母校が準決勝まで勝ち進みました。強豪相手に善戦し一歩及ばず甲子園の切符は手に出来なかった。選手たちは凄く頑張ったと思います。
 だけど、この試合にまで忌野清志郎さんの母校と言うだけで、亡くなった忌野清志郎さんがずっと付いて回ってるのですよね。

 あるニュースキャスターは「弱小チームの日野高校がここまで勝ち進んでこれたのは、忌野清志郎さんが力を貸してくれたからなのかも知れない。」なんて言ってたけど、いつまで虚像にすがってるんだ?
日野高校が勝ち進んでこれたのは、日野高校野球部員の頑張りの何物でもないし、彼らの努力の賜です。それを、よくもまぁ、野球部員の頑張りを無視して忌野清志郎さんの力…だと?いい加減に目を覚ましなさい。

 選手たちが頑張って良い成績を残しても、「亡くなった忌野清志郎さんが力を貸してくれた」なんて言葉を言うだけで、選手たちの頑張りは認められてないって事になってしまいますよね。そこまで忌野清志郎さんは神のように偉大なのか?だとすれば、なぜ生前から特別な存在として扱われなかったのか?生前はCDショップに特別扱いの忌野清志郎さんのコーナーは無かったぞ。
 多くのロックシンガーと同じようにコーナーを設けられていてもCDの背中しか見れない扱いでした。酷いところでは、忌野清志郎さんの名前すらなく、五十音の「あ」or「い」のコーナーで複数のアーティストと一緒だったり…。そんなに偉大なら生きてる時に、盛大なコーナーを設けろよって感じです。

 大人たちが夢に向かって頑張る人に、頑張っても無理。現実を見ろ!なんてよく言うが、現実を見なきゃならないのは、大人たちの方ではないのか?そして、夢見て頑張る人は、それが現実だ。夢を叶えるよう努力して頑張っても「亡くなった忌野清志郎さんが力を貸してくれた」なんて虚像を追う大人たちは、あまりにも盲目過ぎると思う。生きていようが死んでいようが、純粋に才能というものをくもり無き眼で見て欲しいと思います。



Official WEB Site
K-BRAND、ケーブランドバナー
スポンサーサイト



コメント


オイラも、その違和感は感じていました。


昔、カオリがデビューした頃から知っていますが、
数年前に乳ガンで、乳房を取った、辺りからのメディアの取り上げられ方に疑問を抱いていました。


でも、本人は最後まで口にしなかったですが、

『あえて』そのメディアの戦略に乗っかって、
「乳がん検診の重要性」(ピンクリボン運動)を訴えていた、フシが見られます。

パンクロックで、一時は、社会にツバ吐くような歌を作っていた彼女が、スーツ着て、記者会見までして・・・・・。

そして、(結果として)残された娘の為に、
自分の最後の生き様を見せつけた、と思います。


そんな、彼女の晩年の生き方、カッコよかったです。


心よりご冥福を祈ります。

偲びゴッコ

♪こーたろー さん

 人が亡くなる事は本当に悲しい事ですが、その悲しさをまるでイベントのように祭り上げてしまう体質に嫌気がさします。

鈴木盛人さんのBlogにある言葉

>故人を想うのは悪い事ではないので、皆あまり気にならないのかも知れないけれど、誰かが亡くなると急に出て来るというのには、「感傷に浸りたいから偲んでます」感があまりにも漂い過ぎ・・・

この言葉を強く感じます。本当は悲しくも何ともないけど話題だから、盛り上がってるから…と言った感じで、ゴッゴな感じが強く感じられます。私には異常な体質に感じてしまうのです。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:
http://kbrand.blog9.fc2.com/tb.php/1663-96f481f1