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過保護社会

天窓事故

(c)MSN産経ニュース

写真は、「杉並第十小学校6年生の屋上授業で男児が天窓を破って転落死」という今年6月18日に起こった事故のもので記憶に新しいかと思います。
男児は、他の児童と共に授業で屋上に行き、授業が終わって教室に戻る途中だった。男児が天窓に乗ると突然、割れて転落したという…。

この事故から、3ヶ月少々…、またもや痛ましい事故が起こってしまいました。しかも、同じく小学6年生の男児。

マンション屋上から男児転落死=明かり取り窓に乗り、割れる―兵庫
10日午後2時25分ごろ、神戸市中央区の7階建てマンションで、「男児が転落した」と住民男性から119番があった。兵庫県警葺合署員が駆け付けたが、男児はロビーに倒れており、全身を強く打って死亡していた。
同署によると、死亡したのは同区旗塚通の市立小学校6年の男児(11)。
男児は友人2人とともに、同マンションの屋上で遊んでいた。屋上にある明かり取り用の窓に飛び乗ったところ、窓が割れ、約25メートル下のロビーに転落した。
3人はいずれも同マンションの住人ではなかった。屋上への入り口は普段施錠されているといい、同署は屋上に上った経緯や転落時の状況などを詳しく調べている。

時事通信 10月10日(日)18時36分配信


…って、事故が起こって1週間ばかり経ってるニュースですけど。おそらく、今の社会的な環境から言えば、このマンションの管理態勢や安全対策に焦点が当てられるのかも知れませんね。

事実、このネットニュースに寄せられたコメントの中には、「明かり取りの窓そのものか、その下に防護フェンス付けようよ。明かりの邪魔にはならんでしょ?」「様々な事故を想定して設計しなければ幼児、子供の事故は無くならない。と私は思います。」と言った、マンションの管理態勢を疑問視するコメントが寄せられていました。

しかし、私の考えは、どこまで過保護にしたら気がすむの?という思いでいっぱいです。過去記事にも同じような事を何度も載せてますが、おかしなおかしな責任問題(当Blog内リンク)おかしなおかしな責任問題2(当Blog内リンク)でも、取り上げてるように、過保護が行き過ぎて、感覚がマヒして危険を危険と認知出来なくなっているのじゃないでしょうかね?個人レベルで気をつける事を忘れてしまってるんじゃないだろうか?

本当の安全を求めるには、まず危険を知る事が大切です。社会全体で過保護になり過ぎ、危険から遠ざけるような事しかしないから、何が危険なのか分からなくなってるのだろうと思う。コメントに寄せられていた「様々な事故を想定して設計しなければ幼児、子供の事故は無くならない。と私は思います。」…と言う言葉は、正論のように聞こえるけど、私にはその言葉を言ってる人が既に危険を理解出来ていないと感じます。そして、モンスターペアレントのクレームそのものだなと…。

物を作る人が、様々な危険を想定して設計…?寝ぼけた事を言うでない!どんなものでも少なからず危険は付きものですよ。例えば、鉛筆が禿びてしまったからを削って先を鋭く尖らせました。でも、「先を鋭く尖らせると誤って刺さるかも知れないので危険だから尖らせないようにしましょう。」って、あらゆる危険を想定するとなっちゃいますよ。鉛筆が鉛筆として機能しなくなります。また、「ナイフがあると人を刺すかもしれないので、凶器に使われる事を想定してナイフの使用を全面禁止にしましょう。」とか…。それとも、人の心がナイフを凶器に変えてしまうから、それを想定して人の存在を消しますか…?

“物を作る人が様々な危険を想定して設計”という言葉には、全ての物を否定してしまう矛盾がある事に気付きましょうよ。この世に存在する全ての物を否定するようになってしまうのです。物には危険があって当たり前なのです。

だから、危険を知って気をつける事を我々はしていかなければならないのです。しかし、その危険な事から人々を遠ざけ、気をつける事を怠り、誰かの責任にしようとしてるのが今の世の中です。世の中、過保護過ぎるのですよ!

私達大人から考えると、明かり取り窓に乗るとガラスが割れると言う事は常識なのかも知れないけど、現在の危険を教えてもらえない子供達にはガラスは割れない物という意識なのかも知れません。ガラスが割れると危険だからと言う事で少々じゃ割れない強化ガラスにしましょう。強化ガラスなんて今では当たり前に存在する世の中ですし珍しくも何ともない。家庭にも強化ガラスを使ったガラステーブルなんて普通にあるし特別な存在ではないですよね。
小さい時からガラステーブルに乗っかって遊んでたりしてたら、ガラスは割れない強い素材という認識が生まれても不思議ではないです。私の子供時代はガラスは割れる物と認識して育ってますから、今の大人と子供では常識のズレが生じてるのかも知れません。

何でもかんでも安全にと言う事で、危険から遠ざけてるから、危険を学べない状態にあると思います。危険を知らずして安全は絶対にあり得ないですよ。いい加減、大人達は過保護社会から目を醒すべきだと思います。

…なんて思ってたら、私の気持ちを代弁してるかのようなコメントがありました。

安全を追求しすぎた結果、痛い、危ないを学習することなく育ち、結果死に至る重大事故を起こす子供が多いそうです。指を挟むと危ないからゆっくり閉まるドア、火を使うのは危ないから火を使わない調理器具など。

結果、火は危ない、ドアを乱暴に閉めたら指を挟む等、気付かないまま大人になってまい、不注意な事故で命を落とす。多少痛い目を見ても親の目が届いて小さなけがで済むうちに体で覚えさせ、親は危ない行為をしていたら叱りつけるくらいしないと。ちなみにガラスは割れるものです。子供が飛び降りるのを想定して安全対策をしろなんてモンスターペアレントみたいな言い分はあきれます。



五感に響く技術を…(当Blog内リンク)フェンスが有ったら…(当Blog内リンク)極めた人にとって…便利は不便?(当Blog内リンク)スマートパーキングアシスト(当Blog内リンク)等、これらの記事は全部過保護だと思える事です。
そして、私は、免許証のあり方で色々な問題が一気に解決するかも(当Blog内リンク)の記事で話題にした「AT車なのに坂道発進が出来ない人」に、リアルの場で出会ってしまいました。車が誰にでも簡単に乗れるように、ドライバーを過保護にしたせいで、簡単なAT車も満足に乗りこなす事の出来ない人が出てきてるのだなと実感しました。

子供だけに限らず、大人の世界でも過保護にされ、そして、どんどん別のところに責任転嫁されつつあるのだなと、非常に危機感を覚えました。今の状態では安全なんて絶対手に入れる事は出来ないでしょう。安全の為に開発される様々な物は結局危険を知る為の学習の場を奪い、事故が発生した時には、いきなり命に関わる一大事となるような気がします。



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