遊園地に勤めていた頃、私と同じ
非正規雇用の同僚が、体型の大きな私の為に特製の雨合羽を作ってくれました。規則で雨合羽は
雨合羽の下に遊園地のユニホームが透けて見えるように半透明の物でなければなりませんでした。そのような雨合羽は既製品では100円程度の生地が薄い使い捨て雨合羽しかなく、遊園地で仕事してると
私の体型では半日と保たずビリビリに破れてしまってました。一応、遊園地側から雨合羽の支給もありましたが、自分の体型で雨が降る都度、ビリビリに破いてたのでは支給されるのも申し訳なく、自分で自分に合う大きさの雨合羽を買ったりもしてました。それでも、完璧に合う雨合羽は無く何回か使うと破れてしまう有り様でした。
そんな私を見かねて、同僚が
昔の職を生かして私に合う特別サイズの雨合羽を作ってくれたのです。おかげ様で私は遊園地を退職するまでの間、その雨合羽をずっと使い、雨合羽を無駄に破って捨て買い替える事も無くなりました。
世の中には凄い職人が思いがけない所に居るもんだ…と思ったものでした。
そして、現在、私は期間雇用として郵便局に勤めています。郵便局に数年も勤めていれば私の素性も次第に知られてしまい、って、別に隠してた訳じゃないけど、合間にデザインやイラストの仕事をしてると知られると、周囲から
「勿体ない」との声が聞こえてくるようになりました。
「それだけの才能があったら郵便局で働かなくともソッチで食えるんじゃないの?」ってね。
…、この言葉って、以前私が遊園地に勤めていた頃に
特製の雨合羽を作ってくれた同僚に言った言葉そのものなのですよね。
遊園地で働いてた頃、非正規雇用の職員の多くは、それぞれに確かな腕を持つ職人でした。それぞれにその腕をボランティア的に使い仕事をされてました。ボランティア的にと言えば聞こえは良いですが、
都合良く利用されていたと言うのが正しい言い方かも知れません。
時給で雇われる非正規雇用ですが、その中には専門的な業を必要とされる業務を任される事もちょくちょくありました。電気技師の資格を持つ者は遊園地の電気系トラブルや改良などに都合良く働かされていました。
本来ならば電気系の業者を呼び整備料金を支払うべきところを都合良く前業務が電気職人だった人を時給で使うのですからね。
人の心が有るならば、業者に10,000円払うところなら時給以外に特別手当として5,000円でも支払ってやれよ!と思ったものです。
私はそういう利用のされ方が嫌だったので、あえて前職を語らず黙っていました。
そう言えば、規制緩和で派遣会社が認められるようになった頃、「街には手に職を持っているが、何らかの理由で働く事の出来ない人が多くいる。派遣業が認められれば、その方達の腕を有効に使え、そして、何らかの理由で働く事の出来ない人の多くが助かる事になる。」なんて言われてたっけ。
確かに、遊園地で働いてた頃、
「手に職を持つ多くの人の職場が何故遊園地なの?」って疑問に感じた事もありました。国が言ってた事はあながち間違いではなかった。…ただ、机上論だったって事を除けばね。
職人が腕に業を身につけるまで並々ならぬ努力と相当な自己投資をしてきてるんですよね。自己投資も手に職を身に付け働けば、
いずれは自己投資以上の物が帰ってくる見返りを期待しての投資なのですよ。
それが現実には、私の場合だと「このぐらいのイラストはKOJIさんなら簡単でしょ。ついでに描いてよ。」と、まぁ〜、こんな言われ方をよくされたものです。
ついでに描くって事は無料の仕事かい?凄く努力して自己投資もして来た業を、本当に軽々しく都合良く利用しようとするもんだ。
こんな人の為に自分の苦労して身に付けた業を使うのは本当にバカらしい。
金もかけて苦労して身に付けた業だからこそ、それなりの対価が欲しいというのは人の常だろうと思います。
苦労して身に付けた業をこんなにも雑に扱われるくらいなら、非正規雇用でも良いから誰にでも出来る仕事で雇われ金を貰った方が良い。まぁ、そういう結論にもなるだろう。
これが私が感じた「手に職を持つ多くの人の職場が何故遊園地なの?」って疑問に感じた事の答えなのかも知れません。
確かな腕を持つ職人が街に溢れている。その人達を有効にという事で派遣業をと言う所までは良かったのだろうけど、その人達のプライドまでは考えられなかったのが流石は国の機関ってところかな。
結局は、コスト削減コスト削減で安価な物をという事で、良い物をという価値観がなくなってしまって、
確かな腕の人の行き場がなくなってしまったのが今の社会のように感じてしまいます。
そんな事を今の職場で「それだけの才能があったら郵便局で働かなくともソッチで食えるんじゃないの?」と言われ、改めて考えてしまいました。
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知ってましたぁ?
二宮金次郎さんって悪い人だったんですって。今、学校から二宮金次郎像がどんどん撤去されてるそうな…。
子供の教育上良くないって事で、そりゃ大騒ぎさぁ〜。
…っで、
二宮金次郎さんがどんな悪い事をしたんだ?どうやら、
薪を背負って歩きながら本を読んでるのが、けしからん!って風潮になってるんだとさ。
歩きスマホを連想させるんだと。
私のような凡人とは違って、賢い人は凄い事を連想しますねぇ〜。「歩きスマホ」なんて二宮金次郎像から想像すらしませんでしたよ。想像力豊かなのは素晴らしい事だけど…なんていうか…も〜、ハッキリ言っちゃうけど馬鹿でしょ〜。二宮金次郎さんの行いと歩きスマホを同等にしちゃうなんて、そりゃ見た目は同じかも知れませんよ。でもそれって単なる表面づらの事でしかなく
深層まで考える事の出来ない馬鹿そのものじゃないかぁ〜。
そして、最近では「ながら」はダメだから
薪を下ろして石に腰掛けて本を読む金次郎さんまで登場してるんだそうな。まさに表面づらでしか無いじゃないか。歩きスマホ論で言うと今度は
仕事サボって漫画読んでるって指摘されちゃうぞ!表面づらしか見れないって事はそういう事。何してもダメな事につながってしまう。
二宮金次郎の像を撤去する事よりも、子供の躾の為に歩きスマホを注意すると子供から「二宮金次郎だって歩きながら云々」って返された時に、
ちゃんと説明出来る大人がいなくなった事を危惧するほうがマトモじゃないのかな?それが出来なきゃ日本は終わりだよ。馬鹿に支配されてしまった国だよ。
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土地を買い、家を建て、心機一転、新たな生活をスタートさせたと思いきや…。引っ越した新築の家で一家全員原因不明の病にみまわれました。病院を転々とするも原因は分からず、不思議な事にその病は我が家だけに止まらず、お隣さんや更にはお向かいさんまでも、この新興住宅地全体に広がってるようだ。
気味悪く折角手に入れた家だが、仕方なく別の地に引っ越す事に決めたのです。するとなんという事でしょう。不思議と病の症状は治まり普通に暮らせるようになりました。
あの土地は呪われてる!って類のミステリーはこう言うことだったのかも~。
過去から普通にこう言うことしてたんだろうなぁ。きっと。(-ω-;)
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松永駅のコンコースで時間待ちをしてたら、「切符の自販機に130円を入れたけどボタンのランプがつかなくて切符が買えないじゃないの。だから、お金の返却ボタンを押したんだけど、そしたら10円足らないんだけど…。どうなってるのよぉ?」と強い口調で駅員さんに怒鳴りまくってるオバハンがいました。そりゃ、もう、凄い剣幕です。
駅員さんはなんとかオバハンを落ち着かせようと必死に応対し自販機を確認してみると、なんと、オバハンが行きたい駅までの運賃は140円でした。130円じゃ10円足らないから、そりゃランプはつかないし切符は買えないですよ。…っで、返金ボタンを押して、お金はちゃんと130円返金されてるんだけど、140円のボタンを見てるものだから10円足らないと騒いでるのです。
オバハンも最初は130円入れたと言ってるのに、何故か140円のボタンを見て10円戻ってこないと騒いでるのです。駅員さんが丁寧に説明された事で、オバハンも自分の間違いに気付いたようです。そして、気まずくなった様子でした。しかし、その後、オバハンは何事も無かったかのように、すぐ140円を自販機に入れて切符を買い、そそくさと改札を抜けホームに消えて行きました。
うぅ~ん、オバハン…、駅員さんに一言謝ろうよぉ。自分の間違いに気付く前の剣幕は全く関係ない私が聞いてても気分が悪かったぞぉ。
そりゃ人間だから思い違いなんて良くある事ですよ。だから、思い違いされる事については別になんて事はないけど、その事ですぐに怒りモードで接する必要はないでしょう。駅員さんに状況を伝えてちゃんと対応してもらえば、それで良いはずです。
状況を伝えても駅員さんがいい加減な対応をしたり、面倒くさそうに横柄な態度だったりしたら、怒っても良いだろうが、至って誠実に対応してくれてる人にキツく当たる必要は無いですよねぇ。
そういう態度も見てて感じ悪かったし、自分の勘違いと分かってからの駅員さんに怒りキツく当たった事など、そう言う事は無かったかのように去ってしまうなんて信じられないです。ちゃんと謝らなきゃねぇ。そういう事が出来ないというのは人としてつまらない人間だと思うなぁ。人のふり見て我がふり直そう。
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水槽に入れたら金魚が死んだ…中国産猛毒割り箸の恐怖
日本マクドナルドを脅かした、中国企業による使用期限切れ食肉問題。かねてから、中国産の食材は危険視されてきたが、それ以上に危険なのは中国産の割り箸だという。
「上海のレストランで食事をしていた一般客が、割り箸を澄んだスープに入れたら、瞬く間に濁った事から発覚しました。報告を受けた当局が調査の為に割り箸を水槽に入れたら、元気に泳いでいた金魚が、ぷっかり浮かんできたそうです」(通信社中国特派員)
金魚が死んでしまう程の毒性を持つ、恐怖の猛毒割り箸。かの国では、どういった過程で生産されているのだろうか。
「中国産の割り箸には、製造過程で強力な防カビ剤や、見栄えをよくする為の漂白剤等が大量に使われています。しかも、ほとんど洗浄されずに出荷されている為、人体に有害な薬品がこびりついたままなんです」(全国紙経済部記者)
日本における割り箸の年間使用量は250億膳。その97%が中国産という事だから、他人事ではない。
「野菜や食肉といった食料品には、輸入時に検査がありますが、工業製品である割り箸はフリーパス。日本では、"殺人割り箸"が日常的に使用されている危機的状況と言えます」(前同)
かつて中国で弁護士として活動し、現在は日本で通訳をする朱有子氏は、こう警鐘を鳴らす。
「割り箸の生産業者は、個人経営の零細企業が多いので、薬剤の洗浄が不十分だったりする事は大いにありえます。全ての中国製品が危険というわけではないでしょうが、私は一切使用しません」
中国産の"猛毒割り箸"は、世界中に年間800億膳輸出されている。この事態は、もはや"テロ"と言っても過言ではない。
(週刊大衆08月11日号 2014/08/06 06:00)
もー、中国、中国って、
いい加減、学習しなさい。同じ繰り返しばかりしてる日本の企業…。会社で仕事の不平不満等を愚痴として言ってると
「変わりもしない他人を変えようと思うから不平不満が出る。自分が変われば自ずと不平不満は無くなる。」という趣旨の話を上司やトップが話し部下に言い聞かせたりするのは、もはやセオリーとなってしまったぐらいポピュラーで
何処の企業でも言われてたりする事ですよね。
でね、中国で賞味期限が切れた商品を卸してたとか、農薬が云々、衛生管理が云々…、
それぞれに問題が出てくると「中国よちゃんとしろよ〜」と騒ぎ、中国にち変わってもらおうと考える企業は、不平不満等を愚痴として言ってる部下に置き換えられないか?そして、そんな企業の行いが、
部下に対して言ってる事と相反してないかなぁ?このような中国の衛生管理等は今に始まった事じゃく、随分前から問題になり改善出来ずにいるわけで、
それこそ中国を変えようとしないで、日本企業である自分達が変われば良いじゃん。いつまでも変わらない中国に期待して同じ失敗を繰り返し、
その都度中国に不平不満を言う企業ってギャグですか?…という事を、中国の企業で何か問題が勃発し日本の企業がダメージを受けた時に、毎回、思うのですがぁ〜。
そして、そんな酷い目を何度もあわされても、また懲りずに安い海外産を使うのねん。また、消費者も同罪です。格安バスとか事故があったらブーブー文句言って、喉元過ぎたら、また格安、格安と格安を選ぶ。
安いにしても、高いにしても共に理由があってその価格になってるわけです。その理由を承知で選ぶのも、文句言うのもその人です。
も〜、懲りない面々。(笑)
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「子ども」は「子供」で統一します 文科省「差別表現でない」と公文書で使用
「子ども」と「子供」、書き方としてはどちらに馴染みがあるだろうか。ここ数年、差別助長を防ぐ為「障害者」の表記を「障がい者」に見直す動きが広がっているが、実は「子供」も「差別的な印象を与える」として長らく敬遠されてきた。
行政でも「子ども手当て」「子ども・子育て支援法」等「子ども」が優勢だが、ここにきて文部科学省が「子供」表記の統一に乗り出した。
「子供」のイメージは「お供え物」「お供する」
文科省が2013年6月下旬、公用文中の「子ども」の表記を「子供」に統一した、と複数の新聞が報じた。同省の公文書では常用漢字を使うのが原則だが、「こども」については漢字の「子供」ではなく「子ども」が多用されてきた。「供」という字が「お供え物」「お供する」等を連想させ、差別的な印象を与えるというのがその理由だ。
しかし一方で、漢字とひらがなを交ぜて表記する「交ぜ書き」を問題視する声も以前からある。「はれ、ときどきぶた」シリーズで知られる児童文学者の矢玉四郎氏はウェブサイト「子ども教信者は目をさましましょう」を運営しており、下記のような主張を展開している。
「子供は熟語です。熟字訓というもので、いわば当て字です。コドモという音は万葉のむかしからあります。(中略)江戸時代にコドモに、子供という字をあてたようだ。子供は当て字で二字熟語です。子ども、こ供とは書けない」
今年3月には自民党の木原稔議員が「子ども」の交ぜ書き問題を文科省委員会で取り上げた。同氏はビデオレターでも「子供に対して『子どもは漢字で書きなさい』と言いながら、大の大人が交ぜ書きにしている。更に公用文でも交ぜ書きが横行しているのには違和感を覚える」と主張している。こうした指摘を受け、文科省では本年度に協議がなされ、差別表現でないと判断、統一に至った。
新聞記事ではどちらも使われている
教育界のお役所が重い腰を上げて決定したルールだが、熊本日日新聞(「くまにちコム」8月30日配信)によると、同省は「各教育委員会に『子供』を使うよう呼び掛ける考えはない」との見解を示しており、現状はあくまで省内の公文書に限るようだ。
メディアでは、表記は「子ども」が多い。記者が使用する「記者ハンドブック」(第12版・共同通信社)を見てみると、「子供・子ども」と記載されており、「一般的には『子ども』が多く使われている」と注釈が入っている。
だが広辞苑には「子供」としか書かれておらず、この説明はハンドブックならではだろう。実際には、新聞各社の記事ではどちらの表記も使われているようだ。以前、校閲部長の「コドモは『子供』と書くべきだ」というコラムを載せている産経新聞でも「子ども」表記の記事は存在する。メディアでも、いずれの表記を用いるかについて明確なルールを設けていないとみられる。
(2013.09.01 18:31 J-CASTニュース)
古いニュース記事を引っ張りだしてきましたが…、こういうニュースというか話題は
日本の馬鹿さ加減の象徴ですねぇ〜。こういった
言葉や文字を変えただけで差別や問題が簡単に解決出来るようなものなら、最初から何も問題になるような大した事ではないのじゃないの?
いつも本質に向き合わないで言葉を弄くるだけで問題解決したかのように振る舞う日本。例えば「オレオレ詐欺」も、詐欺のバリエーションが増えて『俺、俺!』って電話をしてくるパターンだけじゃないから詐欺に合う人が増える(減らない)との理由で「オレオレ詐欺」から「振り込め詐欺」へと名称を変えるとか…。
名称を変えた事で詐欺の被害減りましたかぁ?そのような話題を耳にする度に、
日本の間抜けさを見せつけられるようで情けなく思います。
最近では脱法ドラッグが問題視されていますが、その脱法ドラッグもつい最近名称が変わりましたよね。理由は
「『脱法ドラッグ』の呼び名では危険な感じがしないから」。そんな訳で、一般から新しい呼び名を公募し選ばれ、その結果
『危険ドラッグ』に呼び名を変えると決まりましたよね。
バッカじゃないのぉ〜〜。差別する奴は、どんな言葉や文字に変えようが差別するし、脱法ドラッグだって、
やる奴らは危険と承知でやってるからタチが悪いわけで、脱法ドラッグから危険ドラッグへと名称を変えたところで意味がない。
『そんな事で改善出来ると本気で思っているなら、そうとう頭が悪いとしか言いようがない。』…と、私は思うのですがぁ〜…。
まぁ、このような事は、今までこのBlogでも書いてきたデザインにも通ずるところはあるのですけどね。多くの人が頭を使ってないのと言えるのではないかなぁ〜。
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日本で食の安全問題が頻発、「日本製」の安全神話が崩れる—中国メディア
中国のニューサイト・中国新聞網は、世界で最も安全だと太鼓判を押されていた日本の食品が次々と問題を起こし、「日本製」に対する消費者の信頼が揺らいでいると報じた。
記事は、日本で問題視されている一連の食品虚偽表示問題を取り上げ、日本の食品の名声に傷がついたと指摘した。五輪招致活動中は「東京は安全」というイメージを強調し、スーパーで売られる食品には原産地が明記され、生産者の名前が記されている野菜もあると胸を張っていた。
日本は経済低迷から脱却するための一環として、2020年までに農林水産品の輸出を倍増させる計画を打ち出しているが、一連のスキャンダルにより、これも大きく挫折することになるだろう。
日本消費者連盟の山浦康明共同代表は「政府が重点を置いているのは、関連産業の拡大、貿易の推進と経済の改善。食の安全をいかにして守るか、消費者のニーズにいかにして応えるかはあまり考えていない」と話す。
2011年の福島原発事故以降、政府の食の安全に対する態度に疑問を持つ消費者が増えているが、消費者団体や専門家らは資金不足で十分な監督ができない状態だ。
山浦氏は「食品安全委員会や消費者庁の予算や担当者は非常に少ない」とし、「食の安全を監督する機関の職員は農林水産省や厚生労働省から来た人間。2年ほどの任期でまた元の職場に戻っていく。自分が所属する部門を厳しく批判する事など出来ない。」と指摘している。
(編集翻訳 小豆沢紀子)
(毎日中国経済 2013年12月06日23時52分)
『お前に言われたくない』…と、このニュース記事に寄せられた読者コメントがあまりにも目立ちます。その方達は
中国メディアが言ったからという理由のみで反発してるのでしょうかね?…だとすれば、悲しいかな、
日本という国が如何に民度の低い国なのかという事を証明してるとしか言いようがありません。それに、中国のメディアや中国人が口を開くと正しい事を言ってても「中国人だから」との理由で否定してるのであれば、それと同様の理由で、
『放射能を垂れ流し地球を汚染して環境を壊してるのに安全・安心を語り、人を騙し続けている日本!』として、諸外国に
「日本人だから」と一括りにされて自分の発言を否定されても文句は言えなくなるよなぁ〜。
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上記画像は
過去記事(当Blog内リンク)でも紹介したillustration誌の「チョイス」という毎号行われているイラストコンテストで
入賞した作品です。本当にこの作品が入賞するような素晴らしい作品かぁ〜?
【審査評】
方眼紙に色鉛筆という組み合わせは、一瞬すぐカッコイイものが出来そうな気がする組み合わせだが、実は、とても難しい。それを見事にクリアし作者のオリジナリティを持って、「弱いけど強い」魅力的なイラストレーションが出来上がっている。
自分達はイケてると思い上がってる、
なんちゃってな人達がツウぶって、万人受け出来ないような変な物に、妙な蘊蓄を垂れて正当化し素晴らしいものと評価する。一般の人達もミーハー人が多いのか「あの人が言うのなら間違ってはいないだろう」と鵜呑みして、
万人受け出来ないような変な物を無理矢理受け入れて素晴らしいと口を揃える。そして、日本は本当に良い物は見向きもされず、なんちゃってな人達が発信する
滅茶苦茶な物が受け入れられ重宝がられる。そして、
それらは悪い物とは口が裂けても言えないような空気が流れ、いろんな業界で本当に良い物が無視され続けているのではないだろうか?…そんな気がしてなりません。
…というのは、デザイン業界もそうですが、農業でもそういうのが感じられます。
JAの評価基準は「色・形・大きさ」なんだとさ。
肝心なのは味なのに
味は評価基準に含まれていないらしい。
農家の方が美味しい物を食べて頂こうと、味に拘り、いくら美味しい物を作っても、JAが打ち出す現在の評価システムでは、その農家は評価される事は無いそうです。
そう言えば、うちの実家でも柿を作りJAに出荷してるけど、味が評価の基準にされる事は全く無いですね。味は良いのに形が小さいとかキズ物だからという事で商品にならないものが多い。しかも、JA組合員だと
出荷出来ない味の良いB品を勝手に販売(直売)する事も出来ない。B品は農家が自分のところで食べるしかないのだけど、膨大な量のB品は全部食べきれるもんじゃない。味に拘り良い物を作っても「色・形・大きさ」の良い物しか出荷出来ないので、この仕組みのに農家は苦しめられてたりする。
キュウリなんて、くるりんとひん曲がった物は美味しいけど、曲がったキュウリは店で見る事はないですね。農家の人は、安くても良いからB品を売りたいはず。しかし、
JAの管轄外で安いのB品が出回ると、JAが販売する綺麗で値の良い物が売れなくなるからと拒否してるのです。
農家の人もJAに出荷してるわけだからJAの商品が売れなくなるのは困る事になるが、それでも、まずは味を知って頂き、美味しいと分かれば、贈答用に綺麗で値の良い物も売れる事に繋がると思って、B品を安くても売りたいと考えてるが、JAに楯突く事が出来ないでいる。何故なら、JAの組合員だと僅かながらも補助金が出るから、その為には従わざるを得ないのです。
よくレストラン等が専属農家の方から仕入れるという話がありますが、そういう農家はJAの組合員ではないそうです。そういう農家は味で評価され
JAに出荷するのとは比べ物にならない高値で取り引きされてるのです。高値で取り引きと言っても、JAから問屋を通じて市場に出回る価格よりはウンと安い価格ですが、農家にとっては高利益となるのです。しかし、そうやって販路を拡大してる農家は極わずかです。リスクが大き過ぎて、ほとんどの農家は自立出来ないでいるのが現状です。そう考えると、JAは農家の味方なのか敵なのかよく分からない存在です。
半沢直樹の倍返しじゃないが…、日本では大きな組織が変に牛耳ってて、個々で良いものを作ろうとしても、なかなか活動が出来ない環境にあるような気がします。
デザイン業界にしろ、音楽業界にしろ、映画業界にしろ…。政治なんかもかな…。
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視察10分、無人の学校…公費3400万円「上海研修」のムダ三昧
鹿児島県が7月から始めた県職員ら300人の「公費丸抱え上海研修旅行」が予想通り、県民の猛批判を浴びている。実際、1時間の市場見学の予定が10分で退場させられたり、夏休みで生徒のいない学校を訪問したため授業見学ができなかったりと、現地でのお粗末な実態が次々と明らかになっている。
計画を打ち出した伊藤祐一郎知事はあくまで「研修は立派な行政マンに育つ糧になる」と強弁するが、県民は「お気楽な慰安旅行にほかならない」として責任追及に向けた動きを活発化している。(熊本支局 谷田智恒)
産経新聞 8月12日(月)12時0分配信(産経新聞) - Yahoo!ニュース
テレビのニュース番組で上記引用記事の件が取り上げられていました。
税金の無駄遣いとして、県民からの
批判や怒りが後を絶たないとの事でした。
そして、怒りの声として、街の人数人にこの税の使い方に対してインタビューされてたのですが、マイクを向けられた街の人は皆…
怒りの声をあげながらも、カメラに向かってヘラヘラ笑ってるのが気になりました。
何が可笑しいの?私には、この腹立たしい税の無駄遣いに対し、他県民でありながら怒りに震えてしまったのに、当事者達は怒りを訴えながらも笑ってるのですよ。私はこの笑いが凄く不思議に感じてしまいました。
何故、真剣な時に真剣になれないの?
結局は、
このような人達の中から選ばれた県知事で、いい加減な国民(県民)の姿がそのまま問題となってるだけなのかなとも感じました。
怒りを示す時に怒れない日本人って…。なんだかなぁ〜。(汗)
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何なのでしょうね? このイイ話ブームは…。
感動させてやれ!…みたいな魂胆しかないから、話の何処かに必ず矛盾があって、賢い人はスグに見破る事が出来る。しかし「感動した」と共感してる人は非常に多い。
日本人はお涙頂戴劇に飢えてるのでしょうか?(汗)
あるレジ打ちの女性
その女性は何をしても続かない人でした。田舎から東京の大学に来て、部活やサークルに入るのは良いのですが、すぐ嫌になって次々と所属を変えていくような人だったのです。
そんな彼女にも、やがて就職の時期がきました。最初、彼女はメーカー系の企業に就職します。ところが仕事が続きません。勤め始めて3ヶ月もしないうちに上司と衝突し、あっという間に辞めてしまいました。
次に選んだ就職先は物流の会社です。しかし入ってみて、自分が予想していた仕事とは違うという理由でやはり半年ほどで辞めてしまいました。次に入った会社は医療事務の仕事でした。しかし、それも「やはりこの仕事じゃない」と言って辞めてしまいました。そうした事を繰り返しているうち、いつしか彼女の履歴書には、入社と退社の経歴がズラッと並ぶようになっていました。すると、そういう内容の履歴書では、正社員に雇ってくれる会社がなくなってきます。ついに彼女は何処へ行っても正社員として採用してもらえなくなりました。だからといって生活のためには働かないわけにはいきません。田舎の両親は早く帰って来いと言ってくれます。しかし、負け犬のようで帰りたくはありません。結局、彼女は派遣会社に登録しました。ところが派遣も勤まりません。すぐに派遣先の社員とトラブルを起こし、嫌な事があればその仕事を辞めてしまうのです。彼女の履歴書には、辞めた派遣先のリストが長々と追加されていきました。
ある日の事です。例によって「自分には合わない」等と言って派遣先を辞めてしまった彼女に、新しい仕事先の紹介が届きました。スーパーでレジを打つ仕事でした。
当時のレジスターは今のように読み取りセンサーに商品をかざせば値段が入力できるレジスターではありません。
値段をいちいちキーボードに打ち込まなくてはならず、多少はタイピングの訓練を必要とする仕事でした。ところが勤めて1週間もするうち、彼女はレジ打ちにあきてきました。ある程度仕事に慣れてきて「私はこんな単純作業の為にいるのではない」と考え始めたのです。…とはいえ、今までさんざん転職を繰り返し、我慢の続かない自分が彼女自身も嫌いになっていました。もっと頑張らなければ、もっと耐えなければダメという事は本人にもわかっていたのです。しかし、どう頑張っても何故か続かないのです。この時、彼女はとりあえず辞表だけ作ってみたものの、決心をつけかねていました。するとそこへお母さんから電話がかかってきました。
「帰っておいでよ…。」受話器の向こうからお母さんのやさしい声が聞こえてきました。これで迷いが吹っ切れました。彼女はアパートを引き払ったらその足で辞表を出し、田舎に戻るつもりで部屋を片付け始めたのです。長い東京生活で、荷物の量はかなりのものです。あれこれ段ボールに詰めていると、机の引き出しの奥から1冊のノートが出てきました。小さい頃に書きつづった大切な日記でした。なくなって探していたものでした。
パラパラとめくっているうち、彼女は「私はピアニストになりたい」と書かれているページを発見したのです。そう。彼女の高校時代の夢です。「そうだ。あの頃、私はピアニストになりたくて練習をがんばっていたんだ…。」彼女は思い出しました。何故かピアノの稽古だけは長く続いていたのです。しかし、いつの間にかピアニストになる夢は諦めていました。
彼女は心から夢を追いかけていた自分を思い出し、日記を見つめたまま、本当に情けなくなりました。「あんなに希望に燃えていた自分が今はどうだろうか。履歴書には辞めてきた会社がいくつも並ぶだけ。自分が悪いのはわかっているけど、なんて情けないんだろう。そして私は、また今の仕事から逃げようとしている…。」
そして彼女は日記を閉じ、泣きながらお母さんにこう電話したのです。「お母さん。私、もう少しここで頑張る。」彼女は用意していた辞表を破り、翌日もあの単調なレジ打ちの仕事をする為に、スーパーへ出勤していきました。ところが、「2、3日でいいから」と頑張っていた彼女に、ふとある考えが浮かびます。「私は昔、ピアノの練習中に何度も何度も弾き間違えたけど、繰り返し弾いているうちに、どのキーがどこにあるかを指が覚えていた。そうなったら鍵盤を見ずに楽譜を見るだけで弾けるようになった。」
彼女は昔を思い出し、心に決めたのです。「そうだ。私は私流にレジ打ちを極めてみよう」と。レジは商品毎に打つボタンが沢山あります。彼女はまずそれらの配置をすべて頭に叩込む事にしました。覚え込んだら、後は打つ練習です。彼女はピアノを弾くような気持ちでレジを打ち始めました。
そして数日のうちに、もの凄いスピードでレジが打てるようになったのです。すると不思議な事に、これまでレジのボタンだけ見ていた彼女が、今まで見もしなかったところへ目がいくようになったのです。最初に目に映ったのはお客さんの様子でした。「ああ、あのお客さん、昨日も来ていたな。」「丁度この時間になったら子ども連れで来るんだ」とか、色々な事が見えるようになったのです。それは彼女のひそかな楽しみにもなりました。
相変わらず指はピアニストのように、ボタンの上を飛び交います。そうして色々なお客さんを見ているうちに、今度はお客さんの行動パターンや癖に気づいていくのです。「この人は安売りのものを中心に買う」とか「この人はいつも店が閉まる間際に来る」とか「この人は高いものしか買わない」とかがわかるのです。
そんなある日、いつも期限切れ間近の安い物ばかり買うおばあちゃんが、5,000円もするお頭付きの立派な鯛をカゴに入れてレジへ持ってきたのです。彼女はビックリして、思わずおばあちゃんに話しかけました。「今日は何か良い事があったんですか?」おばあちゃんは彼女ににっこりと顔を向けて言いました。「孫がね、水泳の賞を取ったんだよ。今日はそのお祝いなんだよ。いいだろう、この鯛。」と話すのです。
「いいですね。おめでとうございます」嬉しくなった彼女の口から、自然に祝福の言葉が飛び出しました。お客さんとコミュニケーションをとる事が楽しくなったのは、これが切っ掛けでした。いつしか彼女はレジに来るお客さんの顔をすっかり覚えてしまい、名前まで一致するようになりました。「○○さん、今日はこのチョコレートですか。でも今日はあちらにもっと安いチョコレートが出てますよ。」「今日はマグロよりカツオのほうがいいわよ。」等と言ってあげるようになったのです。
レジに並んでいたお客さんも応えます。「良い事言ってくれたわ。今から換えてくるわ。」そう言ってコミュニケーションをとり始めたのです。彼女は、だんだんこの仕事が楽しくなってきました。
そんなある日の事でした。「今日は凄く忙しい」と思いながら、彼女はいつものようにお客さんとの会話を楽しみつつレジを打っていました。すると、店内放送が響きました。「本日は大変混み合いまして大変申し訳ございません。どうぞ空いているレジにお回りください」
ところが、わずかな間をおいて、また放送が入ります。「本日は混み合いまして大変申し訳ありません。重ねて申し上げますが、どうぞ空いているレジのほうへお回りください。」そして3回目。同じ放送が聞こえてきた時に、初めて彼女はおかしいと気づき、周りを見渡して驚きました。
どうしたことか5つのレジが全部空いているのに、お客さんは自分のレジにしか並んでいなかったのです。店長があわてて駆け寄ってきます。そしてお客さんに「どうぞ空いているあちらのレジへお回りください」と言った、その時です。
お客さんは店長に言いました。「放っておいてちょうだい。私はここへ買い物に来てるんじゃない。あの人としゃべりに来てるんだ。だからこのレジじゃないと嫌なんだ。」その瞬間、レジ打ちの女性はワッと泣き崩れました。
お客さんが店長に言いました。「そうそう。私たちはこの人と話をするのが楽しみで来てるんだ。今日の特売はほかのスーパーでもやってるよ。だけど私は、このおねえさんと話をする為にここへ来ているんだ。だからこのレジに並ばせておくれよ。」
彼女はポロポロと泣き崩れたまま、レジを打つ事が出来ませんでした。仕事というのはこれほど素晴らしいものなのだと初めて気づきました。すでに彼女は昔の自分ではなくなっていたのです。それから、彼女はレジの主任になって、新人教育に携わりました。
出典元(木下晴弘著 涙の数だけ大きくなれる!フォレスト出版)
>同じ放送が聞こえてきた時に、初めて彼女はおかしいと気づき、周りを見渡して驚きました。どうしたことか5つのレジが全部空いているのに、お客さんは自分のレジにしか並んでいなかったのです。私は思う…。レジ打が出来るようになって、お客様の様子や周りの状況が分かるようになった彼女が、他のレジが開いてる事に気がついてなかったのかい?
それに、店内放送がかかる前に他のレジの人が、「こちらへどうぞ!」って、円滑にレジをすすめる為にお客様に声かけしますって…。他のレジスタッフは放送がかかるまでボケーっと1つのレジに並ぶお客様を眺めてただけなのか?
こんな矛盾にも気が付けず、単純に感動しましたって言う人多過ぎ…。子犬セール中
あるペットショップの店頭に「子犬セール中」の札がかけられました。子犬と聞くと、子供はたいそう心をそそられるものです。
しばらくすると案の定、男の子が店に入ってきました。「おじさん、子犬っていくらするの?」「そうだな、30ドルから50ドルってところだね。」男の子はポケットから小銭を取り出して言いました。「僕、2ドルと30セントしかないんだ。でも見せてくれる?」店のオーナーは思わずほほえむと、奥に向かってピーッと口笛を吹きました。
すると、毛がフカフカで丸々と太った子犬が5匹、店員のあとを転がるように出てきたのです。
ところが一匹だけ、足を引きずりながら、一生懸命ついてくる子犬がいるではありませんか。「おじさん、あの子犬はどうしたの?」と男の子は聞きました。「獣医さんに見てもらったら、生まれつき足が悪くて、多分一生治らないって言われたんだよ。」と店のオーナーは答えました。
ところがそれを聞いた男の子の顔が輝き始めたのです。「僕、この子犬がイイ。この子犬を頂戴!」「坊や、よしたほうがいいよ。そりゃあ、もしどうしてもこの子犬が欲しいって言うなら、タダであげるよ。どうせ売れるわけないから」と店のオーナーが言うと、男の子は怒ったように睨みつけました。
「タダでなんかいらないよ。おじさん、子の犬の何処が他の犬と違うって言うの?他の犬と同じ値段で買うよ。今2ドル37セント払って残りは毎月50セントずつ払うから。」その言葉をさえぎるように店のオーナーは言いました。
「だって、この子犬は普通の犬みたいに走ったりジャンプしたりできないから、坊やと一緒に遊べないんだよ。」これを聞くと、男の子は黙ってズボンの裾をまくり上げました。ねじれたように曲がった左足には、大きな金属製のギブスがはめられていました。
男の子は、オーナーを見上げて優しい声で言いました。「きっとこの子犬は、自分の気持ちがわかってくれる友達が欲しいと思うんだ…。」
(心のチキンスープ)
>しばらくすると案の定、男の子が店に入ってきました。「おじさん、子犬っていくらするの?」店に入って仔犬を見る事も無くいきなり値段を聞くのかい?普通は。仔犬を見てから値段を聞くでしょ〜。「おじさん、この仔犬っていくらするの?」ってね。そして、どの仔犬なのか特定する事なく値段を答えるおかしなおじさん。
それにペットショップで売ってる子犬が30〜50ドルってあり得ないでしょう!日本円にして1ドル100円の単純計算で3,000円〜5,000円。ちなみにペットショップで販売されているリアルな仔犬の値段として最安値で5万円として500ドル。この子が毎月払うという50セントを50円として計算すると、毎月キッチリ払っても5万円払い終わるのに83年もかかります。だから、わざわざ子犬の値段を50ドルというあり得ない設定にして、8年ぐらいで払い終える事が出来るように細工しているのでしょうね。
>店のオーナーは思わずほほえむと、奥に向かってピーッと口笛を吹きました。すると、毛がフカフカで丸々と太った子犬が五匹、店員のあとをころがるように出てきたのです。店内で野放しの犬?いくらなんでも、店内で野放しはあり得ない…。
>一匹だけ、足を引きずりながら、一生懸命ついてくる子犬がいるではありませんか。生き物の仔犬とは言えど、お店で販売されている以上は商品です。商品であれば足を引きずるような犬は、商品として不良品扱いとなるでしょうから、まず店頭に並ぶ事は無いです。
命のサイン帳
ある日、ディズニーランドのインフォメーションに、お父さんが元気なさそうにやってきました。インフォメーションのスタッフが、「いかがいたしましたか?」と聞いたところ、そのお父さんは、「実は今日、子供と一緒に来ました。子供が、ミッキーちゃんだとか、ミニーちゃんだとかのキャラクターにサインをして欲しいと言っていたので、サイン帳を持ってきたんです。子供は、キャラクターを見つけては、1人1人にサインを書いてもらっていました。そして、あと少しでそのサイン帳が全部埋まる、というところで、そのサイン帳を失くしてしまったんです。サイン帳、落し物で届けられていないかと思って来て見たんですが、ありませんか?」と言ったそうです。そのインフォメーションには、サイン帳は届けられていませんでした。
そこで、そのスタッフは、考えられるいろんなところに電話をしてみました。ところが、どこにも届けられていなかったんですね。そこで、そのスタッフは、サイン帳の特徴を詳しく聞いた後、「いつまでご滞在されますか?」と聞いたそうです。
その家族は2泊3日で来ていたので、2日後のお昼には帰らなければならなかったそうです。スタッフはそれを聞いて「それでは、この後、もう少し探してみますので、2日後、お帰りになる前にもう一度こちらにお寄りいただけますか。多分、それまでには見つけられると思います。」と言ったそうです。
そして、お父さんが帰られた後、そのスタッフは更に、細かな部署に電話をかけて聞いてみたり、自分の足で、駐車場や心当たりのある場所に探しに行ったそうです。ところが、やっぱり、どうしても見つからなかった。
もしかしたら、それを拾った人が、「凄い!これみんなのサイン、書いてある。」と喜んで持って行っちゃったのかもしれない。でも、兎に角見つからなかった。
…で、そのスタッフの子は、どうしたかって言うと、結局、そのサイン帳と同じサイン帳を自分で買って、自分の足で、いろんな部署をまわって、キャラクターのサインを全部書いてもらって当日を迎えたそうです。
当日、お父さんがやってきました。多分見つからないんだろうなという気持ちで来たんだと思います。
お父さんは、「どうでしたか?」と聞きました。すると、スタッフの子は、「申し訳ございませんでした。そのサイン帳は見つける事が出来ませんでした。でも、お客様、こちらのサイン帳をお持ち帰り下さい。」と言ったそうです。お父さんがビックリして中を見ると、キャラクターのサインが全部書いてあった。お父さんは、もちろん大喜びして、「ありがとうございます!」と持って帰ったそうです。
…で、この話はまだ終わらないんです。
後日、ディズニーランドにそのお父さんからの、一通の手紙が届きました。
先日は「サイン帳」の件、ありがとうございました。実は、連れて来ていた息子は脳腫瘍で「いつ死んでしまうかわからない」…そんな状態の時でした。息子は物心ついた時から、テレビを見ては、「パパ、ディズニーランドに連れて行ってね」「ディズニーランド行こうね」と、毎日のように言っていました。「もしかしたら、約束を果たせないかもしれない。」…そんな時でした。「どうしても息子をディズニーランドに連れて行ってあげたい。」と思い、命が、あと数日で終わってしまうかも知れないという時に、ムリを承知で、息子をディズニーランドに連れて行きました。その息子が夢にまで見ていた大切な「サイン帳」を落としてしまったのです。
あの、ご用意頂いたサイン帳を息子に渡すと「パパ、あったんだね! パパありがとう!」と言って大喜びしました。そう言いながら息子は数日前に、息を引き取りました。死ぬ直前まで息子はそのサイン帳をながめては、「パパ、ディズニーランド楽しかったね!ありがとう!また、行こうね」と言いながら、サイン帳を胸に抱えたまま、永遠の眠りにつきました。
もし、あなたがあの時、あのサイン帳を用意してくださらなかったら、息子はこんなにも安らかな眠りにはつけなかったと思います。私は、息子は「ディズニーランドの星」になったと思っています。あなたのおかげです。本当にありがとうございました。
その手紙を読んだスタッフは、その場で泣き崩れたそうです。もちろん、その男の子が死んでしまったという悲しみもあったと思いますが、「あの時に精一杯の事をしておいて、本当に良かった。」という、安堵の涙だったのではないでしょうか。
出典元:(矢島 実 涙と感動が幸運を呼ぶ)
>「それでは、この後、もう少し探してみますので、2日後、お帰りになる前にもう一度こちらにお寄りいただけますか。多分、それまでには見つけられると思います。」と言ったそうです。見つかるかどうかも分からない状態なのに、2日後にわざわざお客様に足を運ばせますかね?
普通なら「2日後に滞在中のホテルに電話いたします。」でしょ〜。そして、見つかったら電話で初めて「お手数ですが、もう一度こちらにお寄りいただけますか?」と案内すると思いますが…。
ディズニーランドの感動ネタはまだまだ沢山あります。
お子様ランチ
東京ディズニーランドにある若い夫婦が訪れました。そしてディズニーランド内のレストランで彼らは「お子様ランチ」を注文したのです。もちろんお子様ランチは9歳以下とメニューにも書いてあります。子供のいないカップルに対してはマニュアルではお断りする種類のものです。 当然の如く、「恐れ入りますが、このメニューにも書いておりますが、お子様ランチはお子様用ですし、大人には少し物足りないかと思われますので・・・」と言うのがマニュアルです。
しかし、アルバイト(キャスト)の青年は、マニュアルから一歩踏み出して尋ねました。「失礼ですが、お子様ランチは誰が食べられるのですか?」「死んだ子供のために注文したくて」と奥さんが応える。「亡くなられた子供さんに!」とキャストは絶句しました。「私たち夫婦には子供がなかなか授かりませんでした。求め続けて求め続けてやっと待望の娘が産まれましたが、身体が弱く一歳の誕生日を待たずに神様のもとに召されたのです。私たち夫婦も泣いて過ごしました。子供の一周忌に、いつかは子供を連れて来ようと話していたディズニーランドに来たのです。そしたら、ゲートのところで渡されたマップに、ここにお子様ランチがあると書いてあったので思い出に…」そう言って夫婦は目を伏せました。
キャストのアルバイトの青年は「そうですか。では、召し上がって下さい」と応じました。そして、「ご家族の皆さま、どうぞこちらの方に」と四人席の家族テーブルに夫婦を移動させ、それから子供用の椅子を一つ用意しました。そして、「子供さんは、ことらに」と、まるで亡くなった子供が生きているかのように小さな椅子に導いたのです。
しばらくして、運ばれてきたのは三人分のお子様ランチでした。キャストは「ご家族でゆっくりお楽しみください」と挨拶して、その場を立ち去りました。若い夫婦は失われた子供との日々を噛みしめながら、お子様ランチを食べました。
このような行為はマニュアル破りの規則違反です。しかし、東京ディズニーランドでは先輩も同僚も彼の行動を咎めません。それどころか彼の行為はディズニーランドでは賞賛されるのです。マニュアルは基本でしかありません。マニュアルを超えるところに感動が潜んでいるのです。
この出来事に感動した若い夫婦は、帰宅後に手紙を書きました。
「お子様ランチを食べながら涙が止まりませんでした。まるで娘が生きているように家族の団欒を味わいました。こんな娘との家族団欒を東京ディズニーランドでさせていただくとは、夢にも思いませんでした。これから、二人で涙を拭いて生きて行きます。また、ニ周忌、三周忌に娘を連れてディズニーランドに必ず行きます。そして、私たちは話し合いました。今度はこの子の妹か弟かをつれてきっと遊びに行きます」と言う手紙が東京ディズニーランドに届きました。
このような感動した内容の手紙が東京ディズニーランドには連日届きます。そして、直ぐに張り出され、コピーされ、舞台裏で出演の準備をするキャストに配られます。舞台裏ではキャストとして働いている多くの男女の若者が共感して泣くそうです。
も、しばらくして先輩が号令を掛けます。「涙はここ(舞台裏)まで、パーク内では涙は禁物。今日も日本中いや世界中の人が、ここディズニーランドに感動を求めて来ています。今日はどんなドラマを誰が創るのかな?それでは、みんな笑顔で準備を!」と。
ミッキーマウスの産みの親ウオルト・ディズニーがディズニーランドに求めたもの、それはお客様が映画の世界に入り込み、一緒に感動を作り上げていくことでした。 だから東京ディズニーランドではお客様をゲスト(共演者)と呼び、従業員をキャスト(出演者)と呼びます。
キャストはいつも感動を探しています。 東京ディズニーランドでは立ち止まって地図を見ていると、キャストが必ず笑顔で寄ってきて「何かお探しですか?」と声をかけてくれる。「ここを探しているんです」と言うと。キャストは「そちらは、ここを真っ直ぐ行かれて、あのヤシの木の右側が、そのエリアです。楽しんで行ってらっしゃい!」と言ってくれます。写 真でも撮ろうものなら掃除担当者の人も寄ってきて「私が撮りましょうか!」と尋ねてくれ「はい、チーズ!」とシャッターを押してくれる。そして「とても素敵な写真が撮れましたよ。行ってらっしゃい。楽しんで!」とまた笑顔で応対してくれる。
人を感動させるところには、人が集まります。そしてそこにお金を落とすのです。またキャストのメンバー自身も、人に喜んでもらえることで自分の存在価値を感じています。だから彼らは自発的なのです。それが生きていることへの確認になります。
誰かに親切にすることで、「ありがとう」や笑顔が返ってくる、それが生きていることの実感につながる。
感動をでっち上げる為に簡単に人を殺してしまうのです。助からない病気であればある程感動に繋がる…。中には感動が出来れば作り話だろうが何でも構わないという人もいます。だけど、私はそれは間違っていると思ってます。
ディズニー話の件である方がコメントされていました。
こういう誰が見るかわからないところに病名を出してはいけません。今、同じ病気で闘病中の子供がいたとして、これを見て「この病気=死」を連想したらどうするんですか?
勇気を与えるどころか逆効果です。大人たちの感動秘話を狙った遊びなのかも知れませんが。配慮が足らないと思います。全くその通りだと思います。しかし、感動したと賞賛してる人達は、この方のコメントに関しては全くのスルーで聞く耳を持たれていませんでした。
突っ込みどころ満載なのに、誰も突っ込もうとしない。いや、してはいけない空気が流れている。嘘っぱちな感動話が流行る背景に、やっぱり、日本人の多くが女々しくなっちゃってるのでしょうね。そして、
感動出来なければ、「心の冷たい人」みたいに仕向けられる風潮も嫌ですねぇ〜。
そう言えば少し前に、私の務める遊園地でこんな事がありました。
時差出勤で時間前のスタンバイする前に、園内で数組のお客様に呼び止められ、記念写真のシャッターを押して欲しいという攻撃にあってしまいました。スタンバイ前なので自分の準備を優先させても良いと思うのですが、お客様の笑顔の為に全てのお客様の記念写真に対応してました。
これで時間に遅れたら、きっと私は遅刻になってしまうのだろう。お客様へのサービスの為の遅刻…、これだけじゃ誰も感動しないんだろうなぁ〜。(笑)
枝葉を付けて美化して拡散。お客様が不治の病で数ヶ月後に亡くなった。あの時、写真を撮ってもらってありがとうの手紙などあれば完璧。
普通の親切じゃ感動しない妙な世の中!誰かを悪人に仕立て上げて懲らしめるか、誰かを病気にして殺してしまわないと感動の嵐にならない事実…。
人が死んだり、悪人を懲らしめないと感動出来ない社会と言うのも荒んでる気がします。そして、自分がサービスをする側、或いは、承ける側になったと想定して、自分に置き換えるとやっぱり
感動話には変なサービスが多い!この感動に盛り上がってる人達は、話のおかしさや矛盾に気がつけないって事だから、
それぞれの仕事の現場でもちゃんとした仕事が出来てないのでは?…と感じてしまいます。
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