
またまた、Autech Japanモデルの
日産マーチ12SRを描きました。
以前、
リアからの12SR(クリック)を描いたのですが…、
あっ、このBLOGのTOPにもありますね。
今回は前回描いたモデルよりも新しい、
最新のマイナーチェンジモデルです。
12SRはデビューから2度マイナーチェンジがされてます。12SRは…と言うより、
12SRのベース車輌である日産マーチが
マイナーチェンジしたわけだから、
Autech12SRは必然的に
マイナーチェンジをせざる得ないわけですけどね。(^_^;)
マーチのマイナーチェンジで大きく変わったのは、
どのモデルも一番のポイントは、
フロントのウインカーだと思います。デビュー当初の初期モデルでは、
フロントグリルの中にウインカーは隠れていました。
それが、1度目のマイナーチェンジで、
隠れてたウインカーが顔を出し、
2度目のマイナーチェンジでウインカーは、
ライトの下にお引っ越しとなりました。

イラストに着手したのは、今年の元旦です。
正月早々に下絵を描いてペイント作業にはいりました。

フロント周りの作業をしてる頃に、
私の出向が決まってしまい、
ここでしばし作業が中断されました。
それから、時間を見ては
チマチマと作業を進めていましたが、
歴史が大きく動いたのはゴールデンウイークの休みです。(誇大な表現です。JAROに通報しないで〜。)…と言っても休みはカレンダー通りですけどね。(^_^;)

取り憑かれたようにペイント作業しました。

2日程でボディをほぼ完成させ、
面倒臭そうな箇所だけが残りました。

ホイールって案外複雑な形してるので苦手なんですよね。
休み明けは比較的出向先の仕事が空いてて、
イラストを描く為に時間を多く割く事が出来完成に至りました。
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只今制作中(クリック)Official WEB Site

2008年になって初めて発表する作品ですね。
HOG(ハーレー・オーナーズ・クラブ)福山チャプターのフラッグです。このイラストを描いてる前フリは、
このBLOGで再々してましたがようやくの公開です。
バイクが持つアメリカのイメージと
福山チャプターという福山のイメージの融合が、
私の表現したかった事です。でもね、福山って全国的に知名度が無いのですよね〜。
福山らしさで何をモチーフとするか?非常に頭を抱えました。
福山市では「薔薇の街 福山」という事をかかげてますが、
以前も言いましたが、(
こちらの記事を参照(クリック))
薔薇の生産量が日本一でもなく、
街中にバラが溢れかえってるわけでもなく、
単なる身内の盛り上がりでしかないスローガンのような状態です。そんな薔薇をモチーフにしても、
他の地方から見たら全く意味不明ですよね〜。
広島なら紅葉とか、全国的に知られてますけど、
県ではなく市のレベルだと何処も難しいのかなぁ〜?
だけど、福山市の隣、尾道市は全国的に有名なのにねぇ〜。
福山にも、琴・くわい・下駄と生産量日本一はありますが、
どれもアピール量が足らないのか、
全国的には知られてないのかなぁ?
あっ、一般的にはですよ。
きっと、その業界では知られてるのかも知れませんけど…。
このように何かで福山をアピールしようとした時、
アピール出来るものが無いのは悲しい〜〜!っで、歴史的に福山の街ってどうなの?
そんな福山市も昨日今日出来た街じゃないでしょう?
それなりに歴史はあるはずだ!ちゅうことで、歴史に着目したら、
福山が世界的に有名な所がありましたよ。
福山駅ホームから見る福山城それは、福山城。あれ?絵と違うぞ…。
そう福山城は絵にならないのですよ。
福山城が世界的に有名なのは、
お城という歴史的建造物と、
そのすぐ目の前に福山駅を中心とした
近代的な建造物が上手く融合してる
と言う模範的な意味合いで、
海外に紹介されるケースが多いという事です。
日本にお城は沢山ありますが、
駅に隣接してるお城は他に無いのだそうです。だからと言って、
この事が日本で知られてる事かと言えばまた別の話…。
福山と言えばコレ…が、なかなか見つからないのですよ〜。そんな風に頭を抱えてたら、
毎日通勤で通ってる町を忘れてました。
そう、鞆の浦です。あまりにも身近な町だったので、完全に見落としてました。
「灯台下暗し」ですね。
その昔、汐待ちの港として栄え、
江戸時代からの町並みを現代に残す町。
そして今、新たな道路問題として
港を埋める事への賛否で揺れ動いてます。
そのような時の流れを感じて貰いたかったので、
懐かしさの感じられる切り絵のようなイメージにしたかった。
というわけで、今までの作品と違い、
Adobe Illustrator を使っての作品です。
●関連記事
お客さんは「これでも良い」と言ったけど(クリック)WILD HOGS(クリック)鞆の道路(クリック)日本人には経済価値という考えしかないのか?(クリック)男たちの大和:ロケ現場(クリック)鞆の浦:ささやき橋(クリック)Official WEB Site
明けましておめでとうございます。皆さん、良いお正月をお過ごしでしょうか?
私はと言うと、届いた年賀状に目を通し、
のんびりとお正月を過ごしています。

そして、年賀状に目を通してたら、
な、なんと、女優の吉永小百合さんから年賀状が…。目を皿のように円くして見てると…、

それは、郵便屋さんからの新年の挨拶だったわけで、
正月早々、素敵なオチを頂きました。今年もまた、凝りもせず、
このブログを続けていきたいと思いますので、
お付き合い頂ければと思います。m(__)m
今年もまた、よろしくお願い致します。
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ポン菓子工房さんのWEB製作用に、
キャラクターが欲しいと言う事で依頼されました。
完成作品を見て凄く喜んで頂けました。o(*^▽^*)o~♪
「校正段階では気がつかなかったけど、
左手に持ってる袋の中に、ちゃんとポン菓子が入ってる〜〜!」って、驚くように喜ばれまして、
この反応には、私も、凄く嬉しかったですね〜。V(=^‥^=)v
白米ぽん(150g入)275円このキャラクターは、商品のラベルにも使用され、
更に、Tシャツも作り、仕事着として着るみたいです。
私も記念にTシャツ欲しいなぁ〜。ε=ε=ヘ(;゜∇゜)ノ

ちなみに、
出来上がったWEB(クリック)はこんな感じ。
あっ、WEB制作の仕事は私ではなく、
当然WEB屋さんの仕事ですよ。d(*⌒▽⌒*)b
ポン菓子工房のポン菓子は、かなり素材に拘ってます。美味しさの秘密です。(クリック)( ゜Д゜) ス、スゲー!
今回、ポン菓子工房さんは、
WEBを立ち上げる事になりネット販売の仕組みを知る為に、
岐阜県だったかな?のポン菓子屋から
ネット注文してみたそうですが、
送られてきたポン菓子は「不味かった」ってボヤいてました。
ガ━━(゚Д゚;)━━ン!
ポン菓子にも、「美味い or 不味い」があるのですね。
私は、ポン菓子の味なんて、どれも同じだと思ってました。(6 ̄  ̄)ポリポリ

現在、夏の間だけポン菓子を販売してるのですが、
この度、WEBが出来ると冬も営業し、
WEBで全国的に販売して行きたいと意気込んでおられます。
よろしかったら、注文してみてあげて下さい。m(__)m
味は、本当に美味しいです。( ̄ー☆キラリーン
●関連記事
朝市でのポン菓子屋(クリック)焼き芋屋のナゾ(クリック)
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約2ヶ月前に書いた記事「
黄色(クリック)」で、
「黄色という色をテーマに何か描きたい」と言ってたのですが、
だからというわけじゃないですが、
ディーノのフラッグシップカラーは黄色です。
結果的に、黄色いイラストが出来ました。最も美しいフェラーリとして名を挙げられるディーノ。
市販車の
246GT(クリック)も美しいが、
この246GTのプロトタイプである
206GTのレーシングモデル、
フェラーリディーノ206コンペティオーネもまた美しい。
このデザインが40年前のデザインとは驚きです。少し車高を下げてタイヤの扁平率を上げれば、
現在にも十分対応出来るデザインだと思います。
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車を操る楽しさを提供するエントリースポーツ。これが、
日産マーチ12SR(クリック)の基本コンセプトです。
12SRは、日産のコンパクトカーである「マーチ」を
株式会社オーテックジャパン(クリック)が、
走りにとことん拘り抜いて作り上げた1台です。
私自身、このAutech Japanが手掛けた車のオーナーでして、
昨年秋からAutechの
カスタムカーオフィシャルサイト(クリック)に
Autech車オーナーを対象とした
コミュニティサイトが出来まして、
そのコミュニティに参加させてもらっています。
その場で雑誌等のメディアでなく、
コミュイティを通じて、Autechさんとダイレクトに、
コミュニケーションを取る事が出来るようになり、
Autech Japanというメーカーが、
より身近な存在となりました。そこで他では聞く事の出来ない
Autechさんが直に発する情報や車に対する熱意。
そして、同じくそこに訪れてくる
Autech車に拘るオーナーさんの声を聞いてると、
現行モデルのAutech車を描いてみたいという気持ちになり
制作に取りかかったのが、このイラストです。
また、Autechさんとの繋がりで知った、
プロモデラーの北澤志朗さんという方がいまして、まぁ〜、この方が凄い!!!プラモデル雑誌等を観てる方でしたら、
名前…いや、その作品等知ってるという方いるか思いますが…、
もう単なるプラモデルの世界ではなく芸術ですよ。まぁ、話をしてても凄さが伝わりにくいでしょうから、
まずは百聞は一見にしかず。
こちらに、
エルグランド(クリック)と
ステージア(クリック)の模型がありますので見て下さい。
プロ集団であるAutechというメーカー、
そして、そこに集まるこだわり派の面々。
刺激をうけないわけが無い!…と言う事で、描きたくなって描いたのです。(^_^;)
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ズーム、ズーム。New 4Door Sport for 4AdulstマツダRX-8の基本コンセプトです。4ドア・4シーターの本格スポーツとして
困難な課題を乗り越えて誕生した。
RX-8開発リーダーの片渕昇氏の語りに、
スポーツカーファンに向けられたメッセージがある。
結婚して子供が出来たといった理由で
スポーツカーに乗り続けられなくなる人は沢山います。
そんな方に、いつまでもスポーツカーのある生活を
提供したいという思いでRX-8の開発をしました。嬉しい言葉じゃないですか。1967年にコスモスポーツを誕生させて以来、
30年以上にわたって脈々と続く
マツダロータリースポーツの歴史の
集大成とも言えるクルマ。
↑こちらが、制作過程の画像とポストカード。
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今年9月24日に、ぬまくまサンパルホールで行われる
“愛と平和のアーティスト”北田康広さんのコンサートの為に描いたイラストです。
ピアノとバリトン(声楽)、
2種類の表現方法で演じる類い希なアーティストです。
ピュアでクリアな心、澄み切った音楽を奏でる。
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トリノ五輪でゴールドメダルを獲得した
荒川静香選手の笑顔です。その時のなんとも言えない素敵な笑顔に不思議な魅力を感じ、
絵に描きたいと直感的に思いました。
ゴールドメダルを手にした後、はしゃぐでもなく、
喜びを最大限に体中で表現する訳でもなく、
しかし、その笑顔の中に最大限の喜びが隠れているような
不思議で素敵な笑顔を描きたいと思いました。表賞の時に描きたいと強く思ったのだけど、
いろいろと描く為の準備等してたら、
完成は今頃になってしまいました。
しかし、役者としてドラマに出演したのはいただけなかったなぁ〜。やっぱり、TV業界は名が売れれば何でもありで、
「味噌・糞一緒」の体質だよなぁ。
荒川静香選手には、
プロのスケーターとしての活躍を期待しています。↓制作過程のデータが残ってたので、ついでに。

こんな感じが、

1日の作業で、こうなって…。
1日このくらいのペースで作業は進んでいったのでした。
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最近スランプでイラストが描けないでいます。
先日のイラストで知人からのダメ出しを頂きました。自分の迷いというのは作品にダイレクトに表れ、
見る目をもたれた方には簡単に見すかされてしまいます。一度は発表したのですが、
私自身納得いかないので削除させていただきました。それから色々と私が今現在陥ってる
スランプの原因を見つめ直しました。
このイラストは、迷いから抜け出す為の
第一歩になったのではないかと思います…。今回描いたランボルギーニ ディアブロには、
ランボルギーニの歴史をダイレクトに感じる
スピリットがあります。ランボルギーニは、エンツォ・フェラーリを見返すために
フェルツィオ・ランボルギーニという男が
創った自動車メーカーです。
ランボルギーニ社の前身は、
トラクターなどを製作する農業機械メーカーで、
戦後のイタリアで「農民のトラクター」造りから始まりました。
フェルツィオ・ランボルギーニはカーマニアで知られ、
名車フェラーリのオーナーでもありました。ある日、フェルツィオの愛車にクラッチトラブルが発生し
修理する事になったのですが、
愛車のフェラーリに使用されていたクラッチは、
自社で扱うトラクターのクラッチと全く同じ部品が使われていました。
しかも、
名門フェラーリという事で、その部品の値段はトラクターのクラッチの何十倍というものでした。そこでフェラーリ社への改善要求を持って
フェラーリ社のオーナー、エンツォ・フェラーリに
会見を求めました。
しかし、フェラーリ社から
「一介の機械メーカーのオーナーにレースカーの何がわかるのか」と、その申し出をはねつけられます。
エンツォ・フェラーリに、
エンジニアとしてのプライドを傷つけられ、
フェラーリを見返す為にプライドを賭け、
自ら高性能スポーツカーを手がけるようになったのです。
トラクター製造工場のオヤジが、
エンツォ・フェラーリに噛み付いた瞬間です。ランボルギーニのエンブレムは、
「跳ね馬」を倒す「闘牛」という意味があったようです。しかし、
フェラーリに挑戦的とはいってもフェルツィオの意向もあって、
ランボルギーニは過激なスーパースポーツカーというよりは
豪奢なグランツーリズムを志向していました。
そんな社内にあって、
スーパースポーツカーに思いを馳せる若きエンジニア、
パオロ・スタンツァーニやジャンパオロ・ダラーラによって
1964年にミウラのコンセプトが生み出されたのでした。
1965年には、そのコンセプトを具現化したベアシャシーが
トリノショーに登場、P400と名付けられました。
それは2シータースポーツカーの「裸のシャシー」で、
V12エンジンをミッドに横置きし、
スチールモノコックに鋼板溶接のボックス断面フレームを
備えていたのです。
当時の人にはレーシングカーに見えたに違いない。このシャシーだけを見てランボルギーニの一大転機を
予想し興奮する人は少なくなく、
実際に注文をしたマニアまでいたというのです。そして、その翌年、当時ベルトーネのチーフであった
マルチェロ・ガンディーニによるエクステリアをまとった
ミウラP400がジュネーブショーにデビューしました。
新しい時代を予感させるスタイリングに予約注文はさらに殺到。
V型12気筒エンジンをミッドシップマウントしたロードカーは、
フェラーリでさえまだ作っていなかったのです。ミウラはミッドシップスーパーカーの始祖として君臨し、
当時のフェラーリを、コンセプトでもスタイリングでも性能でも
大きく凌駕していたのです。そして、ミウラのファイナルバージョンである
P400SVは1971年にデビュー。
SVの最高出力は385psで、当時としては
驚異的なリッター100psに近いパワーユニットにまで
上り詰めていました。
その後、ミウラはその後継モデル、
カウンタックへと1974年にバトンタッチされ、
カウンタックもまたベルトーネデザインによるもので、
ハンドメイドで仕上げられた超未来的なデザインのボディの美しさは、今でも、その新鮮さは色あせません。カウンタックは、フェラーリに対向すべく総力を結集した最高傑作で
採算性を度外視してつくらせた意地の産物でした。しかし、
「エンツォ・フェラーリ」はどんな些細な反逆も許さない。カウンタックのカタログには
最高速度300km/hが記載されていましたが、
カウンタックよりも遅れて発表された
「フェラーリ365GT4/BB」のカタログには
「最高速度302km/h」の文字が印刷されました。「フェラーリが本気でランボルギーニを意識した」と言えるわけです。
カウンタックは、
デビュー年の1974年から1990年までの16年間続き、
その完成度の高さを世に知らしめました。
1990年にカウンタックからディアブロへと更にバトンが渡され、
1996年に500psにパワーアップされ
ミウラのファイナルバージョンに付けられていた「SV」の称号が与えられました。SVは最終的に530psまでパワーアップされました。
フェルツィオ・ランボルギーニの時代から、
クライスラーへと親会社が変わりながらも、
常にその圧倒的な存在感を失わなかったランボルギーニの歴史が、
このディアブロのリアエンブレムに刻まれています。
今年2006年1月8日に開幕したデトロイトショー
(北米国際自動車ショー)に
「ランボルギーニ ミウラ コンセプト」が出展されました。今年発表されたクルマにも関わらず、
デザインは30年前のミウラとほとんど変更がありません。
当時のデザインが、どれほど完成度の高いデザインだったかということが分かると思います。
ちなみに、
現在のランボルギーニの親会社は「アウディ」。
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